イギリスEU離脱の根本にあるもの? 「少し想像してみて。隣の国には国境管理がなくて。。。」やっぱり行ってみて感じないとわからないこと

先月、出張で14年ぶりにロンドンへ行く機会がありましたが、久しぶりの印象がいくつかありました。

第一に、キャッシュレスが浸透していることでした。

一緒にいたある同僚は、そもそも成田空港で両替をするつもりもなく、実際、出張の8日間の間の買い物と食事の全てをクレジットカードのみで通していました。

 

第二に、いろんな国の料理・レストランが増えたことでした。

オフィスと宿泊先のあった「第二の金融街(シティー)」と呼ばれる高層ビルに囲まれた再開発地区だったのですが、繁盛していたレストランはトルコ料理だったり、インド料理だったり、タイ料理でした。

 

第三に、これはレストランが増えたという点とも繋がるのですが、移民というか、いわゆる白人以外の人たちが圧倒的に増えたという印象でした。

 

14年ぶりのロンドンで、その間にオリンピックもあったし、ロンドン市長はすでにパキスタン系イギリス人になって数年経つので、それは「想定内」のことではあったのですが、空港へ行くタクシーのドライバーの人はロシア系の人だったし、スーパーのレジや空港のチェックインカウンターの受付の人や空港で働いている人たちの7割以上が非白人系の人でした。

 

今回はパリ経由だったのですが、パリの空港でも事情はほぼ同じでした。

そして、ロンドンーパリ間のエールフランスの乗客も、7割近くが非白人系の乗客でした。

(旅行客というよりも通勤?住んでいる人のように見えました)

 

20年前もすでに「イギリス料理で一番美味しいのはインドカレーだ」などと言われていて、インド料理はイギリス社会にすでに浸透していていたように、旧植民地のとくにインド系やパキスタン系の二世の人たちが社会の第一線で活躍し始めていましたが、トルコ系の人たちはこの20年の間の新しい移民の人たちなのだと思います。

 

ロンドンでもニューヨークのようにまではいかないけれども、SUSHIやみそ汁やうどんなどが普通のモールの中の小洒落たお店で食べることができるのは私みたいなたまに訪れる人にとっては有難いし、いろんな国の料理を食べられるようになって嬉しいけれども、気になるEU離脱(BREGXIT)に関するイギリス人の本音については、こんな声も耳にしました。

 

「君も、少し想像してみて。隣の国から国境管理もなく大量の人が押し寄せてきて、いつの間にか周りは隣の国の人たちばかりなんだよ。そして自分の国の経済のことなのに、毎回毎回となりの国と一緒に議論しないといけないんだよ。キミ、それ我慢できる?」

 

それを聞いたとき、そういう意見があることもわからなくはないなあ、と思いました。

 

もちろん、意見を聞く相手がロンドンに住む人か、地方に住む人か、または、若い人でEU圏内で働くことができるなどの恩恵を受けているかどうなか相手によって返ってくる意見もまったく違うでしょう。

 

クーリエジャポンに、ちょうどEU離脱が決まったばかりの時期に住民投票を左右したのは、いずれにせよ、イギリス人の「エモーションだった」という趣旨の記事を書いたこともありますが、人間はロジカルなようでも、まったくロジカルではないので、わたしたちは、人間の価値観や安全というものをもっと丁寧に扱っていかなければいけないのだろう、と改めて思います。

 

「今のような変化の時代には、『技術的な課題』ではなく、『適応課題』(Adaptive Challenges)に私たちが向き合うことができるようになることが重要である」、とハーバード大学のロナルド・ハイフェッツ教授は指摘します。

 

ハイフェッツ教授は、各国の大統領、首相、IBM、マイクロソフト、マッキンゼー、世界銀行、CIAなどのアドバイザーを務め、ハーバード大学ケネディースクールで35年間リーダーシップについて教鞭をとっていますが、さらにこう言います。

 

「わたしたちは問題に対して、技術的に解決しようとするが、この変化の早い時代にわたしたちが直面する多くの課題は、技術的な問題ではなく、人の適応や価値観の転換に関する課題であって、その本質は「適応」に関する課題」だ」と。

 

とくに制度や社会の構造が変わったり、人が不安を感じたり、自分の安全を脅かされたと感じるときには、とくにこの視点が大事とされ、そういう時にこそ、社会や組織の人たちが大切にしている価値観や信念を明らかにし、彼らが変化に適応できるように戦略的、かつ、政治的に対処することが鍵とされ、そうした適応の過程をサポートする働きは「適応型リーダーシップ」(Adoptive Leadership)と呼ばれています。

 

例えば、人はどのようにしたら別のやり方を受けいれやすいのか等を理解し、もしなんらかの不安や障害があるならば、それに気づいて安心を与えること、そして、新しい方向性を示すことです。

 

国連職員として南スーダンで元兵士の職業訓練に関わっていたとき、釘やネジ一つ隣国のウガンダやケニアから輸送しなければいけない中で苦労をして、元兵士の人たちに職業訓練などの技術的な支援を提供することはできましたが、本当に求められていたのは、「適応」に関するサポートだったということは多々ありました。

 

最近のヨーロッパの動きは、どの国でも起こりうることで、日本も無縁ではありません。

 

そして、自分の目で見て感じることを大切にしながら、日本の歴史における鎖国の解禁や、江戸から明治の近代国家への移行、終戦後の国づくりなど、改めて勉強してみたいと思っています。

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使命と仕事は⭕️⭕️を学ぶためにあるー〜ができたら、あなたは仕事に困ることはない

マザーテレサの元には、「わたしも貧しい人のために働きたい」と世界中からカルカッタを訪れる人がいました。その人たちにマザーテレサはこう言われたそうです。

 

「もし、そういう気持ちがあるならば、どうぞあなたはお金持ちの人たちに仕えてください。彼らも愛が必要です」と。

 

その言葉を直接マザーから受け取り、お金持ちの人たちからファンドレージングを始め、世界一のファンドレーザーとなり、世界の格差や紛争、環境問題に取り組むリンツイストさんという方がいますが、彼女は、単にお金を集めることよりも、その過程を通じて、「貧しい人」と「恵まれた人」がお互いを知り、自分の中の力を確信し、助け合う機会を提供する価値の方が重要だった、と話しています。

 

たとえば、寄付を募る機会を通じて、リンツイストさんは、時にMicrosoftなどの大企業で幹部を務める女性達の話に耳を傾け、「毎日忙しすぎて、なんのために働いているのかわからない」と苦悩を打ち明ける彼女たちにエチオピアの女性達の持つ勇気について話し、勇気づけたり、ある大企業のCEOの心の悩みに耳を傾けることもあったと言います。

 

彼女はエチオピアの女性達と一緒に働いた時の様子も語ってくれていますが、彼女の体験は、たとえば、世界の貧困問題に関わることは、貧しい人たちにだけ関わることではなく、貧困とはまったく逆の位置にいる裕福な人たちやそれも含めた私たちの世界にかかわることであることを教えてくれています。

 

Soul of Money

The Soul of Money: Reclaiming the Wealth of Our Inner Resources

Soul of Money JP.jpg

 

邦訳 リンツイスト著「ソウルオブマネー」

 

また、教育にかかわる人たちはこういいます。

 

「子供たちを愛することはまだ簡単。でも本当に大変なのは、子どもを大切にしない大人に接すること。」

 

この原則はどの仕事(道)にもみつけることができると思います。

 

神様は、私たちにある分野に対して情熱を与えてくださり、ある道に導いてくださいます。

子どもが好きならば、保育園の先生になる人、教育にかかわる人もいるでしょう。

小児科を選ぶ人もいるでしょう。

人を助けることに特別な思いがあって、医者になる方もいるでしょう。

 

もちろん、自分に与えられた仕事を情熱をもって忠実に行うことはとても大切です。

 

そして、与えられた仕事に一生懸命に取り組み、必要な知識やスキルを身につけることもとても重要です。

 

私の場合は、南スーダンや東ティモールへ赴任した時には、現地の様子を理解するために、現地の人たちの話しを聞くことは仕事の中でもやりがいを感じる瞬間でした。時にヘリコプターをアレンジしてまで、遠くの村の状況を把握しに行ったこともありました。

 

選挙のための住民登録で誰もあぶれることのないように、雨季で寸断された村の状況を把握するために、車が通れない中、山を歩いて、川を越えて、腿まで水に浸かりながらも川を越えて、その村で住民登録を行ったこともありました。

 

大変だったけれども苦労とは感じず(若かったのもありますが😊)、取り組むことができたのは、神様に与えられた情熱があったからだと思います。(感謝!)

 

わたしの場合の情熱は、とくに紛争によって虐げられた人たちや弱い立場にいる人たちに対して向けられたものでした。

 

同時に、紛争予防や人道支援という分野で働く人たちの中での足の引っ張り合いとか、競争とかもっとえげつな組織内の権力闘争や、また紛争を長引かせている構造的な矛盾にも直面するようになりました。

 

何年かたって、自分がその分野でそれなりに一人前になり、技術や立場が安定し、さらに、それなりの立場になってくると、または、その過程において、よりはっきりと直面するのは、その世界におけるなんらかの矛盾やまたは自分の中で「ゆるせない」と思うことに直面するようになることです。

 

患者さんには愛を持って接することができるけれども、医師の世界の独特な上下関係やトップダウンの運営のやり方にうんざりしている、失望している、疲弊しているという方もいます。

 

自分が呼ばれた(calling)分野で、仕える人に対して情熱を持つことは比較的簡単ですが、同時に、呼ばれた(calling)場所においては、一緒に働く人であったり、その部署やその組織のやり方になんらかの「ゆるし」を求められる場面がでてくるのです。

 

わたしの場合、今年はエンターテイメント分野での仕事や経営コンサルタントの方とも一緒に仕事をすることになることを思ったときに、これらの新しい分野や世界にかかわることで、わたしの中にもしなんらかの判断(judgement)があるとしたら、ゆるしが促されていることを改めて感じています。

 

逆の言い方をすると、自分の中のゆるしを広げるために分野を広げたり、またはその分野に呼ばれている、召されている、という言い方もできるかと思います。

 

そして、わたしの経験から言えることは、ゆるすことができるならば、結果も成果もついてくるということです。

 

仲裁をする人が両方を判断することなく、裁くことなく、その真ん中にいれば、その状態から状況は開けていきます。

 

スリランカ軍に講師に行ったときのわたしの学びは、国連平和支援やPKOに関する知識でもなんでもなく、「生徒」であるスリランカ軍に対して自分の中で「ゆるし」を持てているかどうかでした。

 

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どんな分野でもこの原則は当てはまります。

 

「ゆるし」さえ持つことができれば、どんな道でもその先は拓けていきます。

 

だから、スキルも専門知識や準備はもちろん大事ですが、今一度、また自分の心の中を点検してみてください。

 

もし、ゆるしがなされていなければ、そのエネルギー(怒りやわだかまり)は身体のどこかにしまわれたままで、いくら時間がたってもほんとうに解決したとは言えません。

 

もしゆるしていない出来事や人をみつけたならば、着実に忍耐を持って、そこにゆるしを求めていきましょう。

 

自分の中にゆるせていないことをみつけると、もう随分と前のことなのにまだゆるせてないのか?と思うかも知れませんが、それを把握すればいいので、自分に慈愛を優しく接っしましょう。

 

もし、自分の意思でゆるすことが難しいと思うならば、その出来事や人を天に委ねましょう。

 

そして、こう祈りましょう。

 

「わたしの中にゆるせない気持ちの根源にある傷をどうか癒してください。

頑固な部分があるとしたらそれを溶かしてください。

ゆるせる心をわたしに与えてください。

ゆるしによってわたしは解放されます。

わたしの心にゆるしをもたらしてくださって感謝します!」

 

Forgiveness sets me free.

Forgiveness brings liberty!

知っている人は知っている❗️ーどんな業種でも仕事でも自分を「次の段階」に進ませるにはある共通のプロセスがあるということ

昨日、ある方の奇跡についてお伝えしました。

 

自分にとことん正直になって自分が望むことを書き出したら、世界にはほんとうにそんな仕事が存在するのか!とびっくりするような仕事の話しが来たのです。

 

あまりに想定外の方法でわたしはことばを失ってしまうほどでした。

 

わたしたちの想像をは・る・か・に超えた解決法を招き入れるための秘訣 ーあなた特注オーダーメイドで注文すること❗️

 

その内より詳しいことをお知らせできる時があると思いますが、その話しを聞いたらきっとたくさんの人が「わたしもそんな仕事したい!」と思うと思います。

 

仕事観や人生観さえもが、一掃されてしまうかも知れません。

 

そして、さらにエキサイティングなのは、これからもっとそういう人が増える!という時代の流れも合わせて受け取ったことです。

 

 

わたしはコーチングを自分のギフトを世界に輝かせて活きるリーダーの育成として取り組んできました。

 

コーチングは単なるメンタルケアではなく、課題やチャレンジを通じて(たいていそういう形で機会はやってくるからです)その人のほんとうの自分の役割を発見することをガイドするものです。

 

そして、そういう人たちがこれからの時代のリーダーになっていく、という方向性があっている!という感覚も合わせて受け取ったのです。

 

今は時代の変わり目です。

 

大きな制度が行き詰まりこれまで価値があるとされたものに価値や希望を見出せなくなる人が増えている中で、目覚めた個人と個人がつながっていきます。

 

例えばパーカーを来たお兄ちゃんのテクノロジーと誰かのアイデアが結びつけられてベンチャーが生まれ、世代の差を超えて、そうした人たちのゆるいつながりから新しいサービスや価値が生みだされていくような時代の流れが来ています。

 

その有機的なつながりと相乗効果がジワジワとでも確実に新しい流れを生み出していくこと、そういうことがすでに起き始めているのだというインスピレーションを受け取りました。

 

さて、

 

次のステップに大きく飛躍した人、自分らしい働き方やライフスタイルを見つけた人たちを見てみると、次のステップに移るまでに、自分にとっての人生のコアの課題に取り組んだという共通点があることがわかります。

そして、どんな業種や仕事も関係なく自分を「次の段階」に進ませるには、誰もが「課題を通じて学び自分を発見していって力をつけていく」という共通のプロセスがあることが改めてわかります。

人それぞれ人生の「コアの課題」は違うので、これとはいえませんが主なものは以下のようなものです。

 

1、今の職場を通じて現れている人間関係の課題

(上司とのコミュニケーション、あるタイプの人がどうしても嫌だ等)

⇨人生の大きな「宿題」の一つは人間関係を通じて成長することです。だから、これを避けたままでは次が開けないようです。人を判断する傾向が強かったり、すごく苦手な人がいるという場合、人間関係の改善に真摯に取り組むことはとても重要です。ヒントは、理解すること、自分が相手に投影している資質に気づくこと、(自分も他者も)受け入れること、ゆるすことです。

 

2、今の職場で与えられている機会を通じて自分の強みや才能、ギフトを発見する・確認する

⇨自分が当たり前だと思ってやってきたけど自分には強みがあることを確認・発見すること。それは目の前の課題の解決を通じて発見することが多いので、一生懸命に取り組むことが大切ですし、過去の仕事や体験を整理することで、自分でわからなかったら第三者のコーチングを受けるのは一つの有効な手段です。

 

3、親の価値観や観念を手放す

⇨親や親の親から引き継かれてきた観念や重荷を解放する。「仕事は苦労して当たり前」「人生はたいへんだ」そんな観念を無意識レベルで私たちは引き継いています。それが私たちの仕事観や人生観を邪魔して新しい可能性が入ることを難しくしていることも多いのでそうした観念を書き換えていきます。

 

4、親への怒りや言えなかったことを手放す(いい子タイプは特に当てはまる)

「いい子」「いい人」をやっていると、自分がほんとうに望んでいることを抑圧してしまって、自分はほんとうに何を望んでいるのかわからなくなってしまいます。長女で我慢することになれてしまった人、いい子優等生タイプだった人ほど、この傾向が強いです。反抗期をやらなかった人が20代、30代になってこの影響を感じる人もいます。そして、30代、40代、50代、または60代になっても、心の中で親に怒りを覚える人が実は多いのですが、これは自分の中で怒っていたり、我慢して言いたいことを言えていない小さい頃に傷ついたままの自分がいるからです。安全な場で表現できなかったことを表現し、自分の中の傷ついた部分を受容し統合すると、今度は新しいギフトとして自分の一部になってくれます。

 

5、過去あきらめてしまったこと、挫折体験を整理、解放する

過去にあきらめてしまったことや挫折体験があると、傷つくのを避けようとするので、次のステップを自由に発想したり、考えることを無意識に止めてしまいます。過去の体験を整理することはとても大切です。

 

6、過去にあきらめてしまったことに取り組む・許可する

過去の後悔やあきらめはエネルギーや自分の本来のパワーを奪います。自分のパワーを取り戻すために過去あきらめたことを自分に再度「許可」します。実際にやってみると、案外もう興味がなかったりします。でも、そのアクションこそが大事なのです。

 

7、自分が興味のあることを改めて自覚し始める

自分は何に興味があるのか、どんな時に心が動かされるのか、どんな体験を望んでいるのか?どんな人間関係を望んでいるのか?昔は興味があったけれどもある程度仕事もできるようになって経験も積んだからこそ今のわたしが求めているものは何なのか?

 

過去の体験を整理した段階で改めて見えてくるものがあります。ただ、過去の体験を整理していないと、例えば過去の体験を無意識に避けるような決断をしたり見方をしてしまうので、過去を「フラット」にすることが大切です。

 

8、自分のシャドーやパターンを知る

誰の中にも自分の中の弱さや(悲しみ、不安、孤独感)誰にも知られたくない隠したい負の部分「シャドー」(嫉妬、傲慢さ、負けず嫌い等)があります。自分のシャドー抑圧しておくと自分の才能・ギフトまで抑圧してしまいます。ユングは、「シャドーの中に黄金がある」と言いました。自分には能力も才能もない、という人がいますが、あらゆる面での抑圧が強いのかも知れません。逆説的に聞こえるかも知れませんが、自分を知ること、自分の思考や行動パターンに自覚を持つこと、自分をありのままに観察できること、自分の弱さを受け入れることは、自分の才能やギフトを知ることにも繋がります。もしかしたら、今の職場での課題は、問題を通じて自分の弱さ、思考・行動パターン、シャドーに気づいて、さらには、ギフトを発見していくための機会かも知れません。

 

9、上司を受け入れる

自分が新しいレベルで能力を発揮したい、自分の力を思いっきり発揮できる仕事をしたいと思ったら一つの鍵は上司との関係です。上司にすごい高い基準を設けたり、不満を言っていると、自分がリーダーシップをとるのを恐れてしまいます。自分がしたことが返ってくるという無意識のおそれがあるからです。上司を受け入れ、助けることは自分を助けることになります。

 

10、自信のなさからしがみついているものを手放す

自分に自信がないと、大組織や会社の肩書きといったものにしがみついてしまいます。これは決して会社を辞めなさいという意味ではありませんが、自分が不自由になっている部分に気づいて、心理的にそこから自由になっていると新しい機会や出会い、仕事を招き入れやすくなります。

 

11、自分はただ愛されていいということを体験する

何をしたからではなく、ただ自分は愛されていい、ということを体験すると、いいもの・いい体験をただ受け取ることにオープンになります。長女・長男の人にはがんばらないと報われない、という観念を持っている人がけっこう多くいます。がんばらなくても、何かをやったからでもなく、自分はいいことを受け取っていいのだということを自分に許可することです。

 

さて、どうでしょうか?

 

こんなにたくさんあるの!?と思う人もいるかも知れません。

 

でも、今の時代の流れは自分を押し殺して生きていく人には大変ですが、自分らしく生きようとする人にはたくさんのサポートがあります。

 

たったの12回のセッションでこれらの大きな部分を解放した人もいます。

いくつかのポイントを数回重点的に扱うだけで大きく人生が変わっていく人もいます。

当然仕事ぶりも人間関係も日々の感覚も変わります。

 

人によってコアの課題がそれぞれ違うことと、人のタイプ、性格やタイミングも関係するので、何回とは言い切れませんが、12回のセッションを持つと、その方の大きな課題が根本的に改善され、かなり方向性が見えてくると思います。

 

12回もやるの?!と思うかも知れませんが、

 

ただ、いくつかのコアの課題がクリアになると文字通り人生の「重荷」から解放されるので、人生が楽になっていきますし、ある段階を経ると、どんどん楽に軽やかになっていくので意欲も湧いてきます。人生を楽しめるようになってきます。

 

情熱ややる氣を失っていた人でも、だんだんと気力を取り戻してきて、3回~4回あたりから顔つきが変わってくる人を何人も見ました。

 

結果や効果が感じられにくい場合は、最初の1回~4回は少し辛抱がいるかも知れません。

 

すぐに結果を出したい方には転職エージェントをおすすめしています。

 

結果を出さなければいけない、というプレッシャーが逆に自由な展開や広がりを邪魔してしまうことがあるからです。

 

ただ、もちろん一番大切なのはご本人の意思とオープンさです。この点は改めて強調しておきたいと思います。

 

今の職場で体験している課題を整理しながら、それを通じて次に導かれているステップを探っていきます。

 

一つ一つ確実に進めていきましょう。✨✨✨

 

 

連絡先:info(at)peaceblossom.netまでお願いいたします。

 

会議でうまく発言できない人へー自分の考えがまったくない人はいない❗️自己表現が苦手だと思っている人ほどそこにあなたの才能がある

会議や人が集う場所で「こんなことを言ったら人にどう思われるんだろう?」と思って自分の意見を引っ込めてしまったことはありますか?

 

または、会議で言うことがわからなくなってしまう、という人はいますか?

 

私はハーバード大学大学院教授のリーダーシップ研修に参加したことがありますが、
それが新しいアイデアやイノベーションを潰してしまう大きな要因の一つだそうです。

 

国連幹部研修でパネリストを務めたプレゼンが国連特使に高く評価され、

 

米海軍大学院付けの専門家として推薦され、国連のPKOについて教える研修の講師を
つとめた私ですが、長い間スピーチやプレゼンにはすごく苦手意識を持っていました。

 

日本で教育を受けたわたしは、ときに強く自己主張して当たり前という国連という職場で、思うように発言できずに悩んだ時期もありました。

 

プレゼンという面でそんな私が大きくブレークスルーしたのは、南スーダンにいった時でした。

 

当時の南スーダンの状況は(今でもそうですが)、紛争がいつ再発してもおかしくない状況。

 

独立できるかどうかも分からない状況。

 

そんな状況だったので、

 

もしこの人たちにもう二度と会う機会がないとしたら

 

「たった今私がこの場でここにいる人たちに届けられる一言は何だろう?」と、
私なりに必死に考え言葉を紡ぎました。

 

そんな気持ちで私が話し始めると、それまでしらけていた南スーダン政府や南スーダン軍の参加者の人たちが耳を傾けてくれ、

 

彼らからも上司からも

 

「Chikaのスピーチすごくよかったよ」と何度も言われ始めたのです。

 

それは嬉しいのですが、

 

「はて、私はいつからスピーチが上手になったんだっけか?」と、

 

当人としては少し「狐につままれる」ように感じたこともありました。

 

 

ただ、今思えば「言わざるを得ない」という、ある意味南スーダンの状況に
助けられて、何かを心から真剣に伝えようとしていた気持ちが相手に伝わったのではないか、と思います。

 

こんな風に思われたらどうしようではなく、

この状況で私ができることは何か?と、

「かっこよく話す」ことも、「国連職員とはこうあるべき」もやめて、

それまで「内」に向いていたエネルギーが「外」に向き始めたのだと思います。

実際、多少言葉が足らなくても、誠意を持ってハートから話すことの方が効果的だということを体験していきました。

 

 

同時に、その時に経験していたのは、

 

「ああ、私が感じていたことはあながち間違っていなかった」
という感覚でした。

 

 

それまでも私の中には数々のいい考えやアイデア、洞察、その時に必要な意見が浮かんでいたと思うのですが、無意識に抑えてしまっていたのだと思います。

 

それが、灼熱の南スーダンでスーツを着なくなったことにも助けられ(笑)、抑えていたものが外れたのだと思います。

 

クライアントさんにも、自己表現という分野で最近大きくブレークスルーしている方がいらっしゃいます。

 

まさに彼女が体験しているのも、「私が感じていたことはあながち間違っていない」
ということなのです。

 

 

これまで人とぶつかることがこわくて自分の意見をあまり言ってこなかったそうですが、

 

パートナーにも、
母親にも、
弟にも、
職場の同僚にも
言いたいことを
言えるようになっていて、

 

しかも、

衝突を生むどころか家族関係や職場での関係性の質がまったく変わり始めているそうです。

 

それどころか、コミュニケーションが深まり、上の人からは、「なにか変わったね」と言われているそうです。

 

また、自分が直観的に感じていることを言葉にすることによる自信がつき始め、対人援助職の方なので仕事の質も確実に変わりつつあるのを感じています。

 

さらには、凛とした貫禄も生まれてきていて、

 

彼女を通じて愛と知恵が周りに伝えられているように感じました。

 

新しくギフトが開き、職場で新たな段階でリーダーシップを発揮し始める段階に入ったのだと思います。

 

彼女にそう伝えると「そうですか?」とご本人のほうがまだピンときてないという
感じですが、

 

これまで埋もれてきたその人本来の力や才能、ギフトが現れてくるのを見るのはほんとうに美しいことです。

 

会議で言うことがわからないという人がいますが、自分の考えがまったくないという人はいないと思います。

 

意見や考えがないのではなく無意識に抑えてしまっていることがほとんどです。

 

しかも、人前で話すことや自己表現が苦手だと思っている人ほど、そこにギフト(才能)があることは珍しくありません。

 

そこに至るまでに彼女がやってみたことセッションでサポートさせていただいたことについて改めて明日お伝えさせていただきたいと思っています。

世界で一番完璧主義が強いのは日本人⁉️ ー国連で見た仕事を丁寧にすることと「完璧主義」は違うということ

日本人は世界的にも完璧主義の傾向が強いそうです。

 

わたしがそれは肌で感じたのは、国連ニューヨーク本部で行われる年に一回の国連総会で各国要人が集う様子を見ていた時でした。

 

各国の首相や大統領を総会に迎えますからその国の担当者としては大責任の大仕事だと思います。

 

その機会に合わせて会談やレセプションが行われたりすることもあります。

 

それが、ロジ(ロジスティック)計画が分刻みで事細かく計画されていて、全員がぜったいに間違ってはいけないというような緊張感に包まれている国もあれば、それで国連外交が成り立つんだ?!と言ってしまいたくなる位ゆるい感じで仕事が進められているように見えた国もありました。

 

いろんな国の当日の流れを記した計画表やロジブックを比較したことがあるわけではありませんが、日本国の仕事ぶりはあきらかに細かく(おそらく世界で一番こまかく?)、当日の流れを記した計画表は分または秒単位で作成されていると思われます。

 

日本人の仕事の丁寧さや細かさは国際機関でも重宝されますから、それはとても大事なことなのですが、仕事を丁寧にすることと「完璧主義」は別けていく必要があります。

 

「完璧主義」が仕事の進歩を邪魔してしまうからです。

 

わたしにとって完璧主義をこえていくための一つのいい訓練の機会となったのは突然通訳を務めることになったことでした。

 

直観医療に関する世界学会などでも講演する世界的なカウンセラーの方が日本で講座をすることになり、最初は一参加者として参加するはずだったのが、いろんなことがあって急遽通訳として呼ばれることになったのです。

 

わたしは約10年ほど英語で仕事をしてきたので、分野によっては英語で話す方が楽とはいえ、通訳をするというのはまったく別のスキルが必要です。

 

幸いわたしが通訳を務めた一番初めの講座の参加者は6名ほどで、知っている人がいてしかも彼女は何度も通訳をしている方だったので、初日はとくに彼女に何度も助けてもらいました。全体の意味はわかるのだけれどもとっさに言葉が出てこなことや、適切な言葉がすぐに浮かばないこともあって、次の日もやはり彼女に何度も助けてもらい、私は初の「デビュー戦」をなんとか終えることができました。

 

その後は計丸30日以上通訳を務めました。

 

なんでも一番初めが一番ドキドキしますし、緊張します。

 

わたしは完璧主義の傾向があって、必要以上にがんばろうとする面があるのでそれで疲れたこともありました。

 

でも、蓋をあけてみると、小さい間違いをしたとしても全体の意味は通じるし、小さい間違いをしないように気を使うよりも話者の意図を理解して全体の流れを切らせない方が大事だというのがわたしの体験でした。

 

正確さはもちろん大事ですし、業種やシチュエーションによってもその辺りの幅はまったく違うと思います。

 

ただ、私にとってなにより学びになったのは、「完璧にできなくても、間違っても死なない」し(笑)、人は助けてくれるし、「それでも自分は受け入れられる」という体験でした。

 

私たちは新しいことにチャレンジするのが「こわい」と思ったり、億劫になってしまいがちです。

 

それは「自分ができない」というシュチュエーションにおかれることが「こわい」のだと思います。

 

でも、最初からぜんぶ出来なくても、間違っても、周りの人が助けてくれたり、思ったよりもなんとかなりました。

 

もちろんずっと同じままではいけませんが、何か新しいことを習い始めるときや初心者のときには、自分は完璧じゃなくても、または、自分でがんばろうとするよりも、わたしは初心者なので教えてください、という姿勢の方が上手くいくのだと思います。

 

最近ある勉強会に参加し始めたので改めてこのことを感じています。

 

完璧主義は向上心ではなく「守りの姿勢」です。

 

「完璧主義」があなたの人生や仕事を邪魔させるのをやめさせましょう。

 

大丈夫。

間違っても死なないから(笑)

 

なにより、周りの人たちはあなたが思っている以上に優しいです。

 

そして、周りに人たちは、マスクを何重にかぶったあなたよりも「ありのままのあなたを見せて」と思っていたりします。

 

間違ってもぜんぜん完璧じゃないあなたでも大丈夫です。

 

そのままのあなたで愛されています。

あなたの情熱と能力が活かされる機会とタイミングが必ずある!そのために自分の⭕️⭕️を知るということ

先日、これまでの猛暑が私たちに伝えてくれていること、として「私たちは人生の中でコントロールできないことを学ぶ」ということを書きました。

 

それに関連してこの数日わたしの頭に浮かんでいるのは「待つ」ということです。

 

つい1週間ちょっと前からわたしの中の創作スイッチが「オン」になってこの数日毎日よく書いています。書き始めるとまた波にのってきて、書きたいことが次から次へと浮かんできます。

 

ある人が頭に浮かんだことが瞬間に文字にできるテクノロジーがそう遠くないうちにできると言っていましたが、まだその段階にはないので、インスピレーションがのってくると、「身体の方が追いつかないよ~」と一日に文字にできる量をもどかしく感じます。(*^-^)ニコ

 

ただ、書こうと思っても書けない時もあります。

 

さすがに7月からの猛暑で疲れも感じていたので単純に疲れ気味だからちょっとのんびりしようと思ってもいたし、書けない時もあるので、今はもう少し「待つ時かな」とも漠然と思っていました。

 

幸いに書く意欲がまた波にのっています。

 

「波」というか月の満ち欠けのような「バイオリズム」というのはやはりあるのだと思います。

 

波がさがっていれば次はあがるし、またさがるし、また上がるのですね。

 

わたしの場合はまだ創作活動の波の振れ幅がけっこう大きいので、この辺はもっと小幅にコンスタントにできるように学び中なのですが、女性が子供を産み、育てていく中で学ぶ大きなレッスンの一つは「待つ」ことだと言われています。

 

子どもの行動も成長も見ていてわかるように、まったくコントロールできるものではないからです。

 

大人は「子どものことを考えて」いろんなことを言ったり、勉強をやらせようとしたりしますが、

 

姪っ子を見てても思いますが、それでもまったくやるとは限らないし、それが上手くいくとも限らないし、逆に、難しいだろうと思うようなことをケロっと簡単にやってのけて、周りの大人を驚かせることもあります。

 

わたしはコーチングを通じて人と接する仕事をさせてもらっていますが、やはり「タイミングを待つ」ことはとても大切だと感じています。

 

ずっと悩んできたことがあって、最初の数回は状況が改善しているのかわかりにくい時もあるので、辛抱もいったけれども、ある時点から驚くような展開になって本人もわたしもびっくりした、ということもあります。

 

「どうすればいいか誰か答えを教えてくれー!」と思うこともあると思います。

 

こちら側が「こうした方がいい」と言うことはいくらでも簡単なのすが、ただ、自分で一つ一つ体験していくことも、自分で自分の状況を整理することを学んでいくことも、自分自分で答えを出すことも、自分で決めることも、ときには待つこともどれもとても重要です。

 

そして、いまの状況を早く終えたい、変えたい、これが終わったら楽になるだろう、と思う心境は、よくわかります。

 

ただ、いろいろな方の相談にのる中で、わかりつつあるのは、人が人生で学ぶことの一つは「自分のタイミングを知ること」であり、「待つ」ということだということです。

 

転職活動であっても、人との関係性であっても、新しいプロジェクトの進み具合でも、自分の悩み事の展開でも、身体の具合でも、時には「待つ」ときもあるんだなと感じています。

 

ただ、これは「神様助けて〜」と口をポカンと開けて待っていればいいという意味ではありません。

 

自分の花を咲かせるための土を耕し、土から石を取り除いて、水をあげて、自分の準備を整えていて、自分にぴったりの機会やタイミングがくるのを待つという意味です。

 

 

「待つ」ということの別の表現は「信じる」ということですね。

 

コーチやカウンセラーという仕事でとてもとても大切なことの一つは、アドバイスすることでも言葉が上手なことでもありません。

 

相手を「信頼して待つ」ということです。

 

人は信頼されるとそれだけですくすくと芽を出して伸びていくことができるのですね。

 

そういうサポートを受けることができたらラッキーですし、また、「信じること」を自分に与えてあげることができます。

 

必ずあなたの情熱と能力が活かされる機会とタイミングがあります!

 

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新しいことに取り組むのがこわい、完璧主義、失敗を避けようとする人へー「ちゃんとしなきゃ」よりももっともっと大切な質問

つい昨日のことです。

 

最近参加したある勉強会の第二回目の会がありました。

 

テキストがあって、宿題をしておくことになっていました。

 

それが私だけ別のところをやってきてしまっていて、身に付けたいことがあってわざわざ時間をとって来てるのに、ちょっと「恥ずかしいな」と思いました。

 

ちょっと心を落ち着けてみると、

 

そういえば講師の方が「次回だけ順番が変わりますのでご注意くださいね」と言っていたことを思いだして、

 

ちゃんと講師の方の話を聞いていなかったなあ、と思いました。

 

そして、何か新しいことを習い始めるために大切な「謙虚さ」が足りなかったなあ、と思いました。

 

ある程度なにかの仕事をマスターしたり、なにかに成功すると人は「こうすれば上手くいくという自分のやり方」を身に付けます。

 

人が仕事で経験を積み、学んでいくことで、体験することで得ていく仕事や人間についての洞察や理解といったものがあるのだと思います。

 

それはとても有難いことで、だからこそわたしは人さまの相談にのれるのですが、

 

ただ、そうした過去の成功体験が新しいことを学ぶときには邪魔になってしまうことがあるのですね。

 

自分自身に言うつもりで言っていますが、新しいことを学ぶときにはピュアでオープンな気持ち、そして謙虚さが大切です。

 

初めてのことをやるときには間違えることもあるし、最初からできるわけじゃないし、周りの人たちに教えてもらったり、助けてもらう必要もあります。

 

日本人は「失敗」を極端に避けようとすると言われます。

 

海外に12年いた経験から言ってもそれは肌レベルで感じます。

 

どうしてなんだろう?と少し思ってみると、

 

わたしたち(日本人)は、

 

自分にできないことがあること

人に教えてもらうこと

自分が一番でないこと

完璧にできないこと

「普通に」できないこと

自分の期待していたようにできなかったことも

 

「はずかしい」(恥)と感じて、

 

それまでも「失敗」とっても呼ぶ傾向が強いんじゃないかな?と思いました。

 

新しいことに取り組むのがこわい

自分の作品を発表するのがこわい

あたり障りのない意見を言おうとする

相手にほんとうの気持ちを伝えるのがこわい

完璧主義になる

失敗を極端に避けようとするのも同じメカニズムです。

 

でも最初からなんでもできるスーパーマンのような人はいませんし、完璧な人もいませんよね。

 

これを書きながら、高校生のときに会ったブラジル人留学生の友人がどんなことがあってもあまりにも、「あっけらかん」としていて、ちゃんとがんばる日本人のカルチャーしか知らなかった私は、かなりのカルチャーショックを受けたのを思い出しました。

 

そういえば、国連の採用面接で失敗について聞かれることにも最初はびっくりしたものです。

 

「あなたが失敗したことは何ですか?そこからあなたが学んだことは何ですか?」という質問でしたが、計画してもその通りにいくことなんで稀だし、人は間違いをするし、そのときにどうするかの方が大事ですよ、という意味だと理解しました。

 

わたしたちの多くは、「ちゃんとしないといけない」と育てられるのですが、その体験から何を学んだか?という「リフレクション」(振り返り)の視点はあまりないように思います。

 

大切なのは、間違いを避けることではなく、その体験から何を学んで、次はどうしたらいいのかな?という視点なんですね。

 

昨日は帰ってきてから、さっそくその日までに出来なかった宿題を終えて、次回の分の宿題も終えました。

 

「宿題」を出されたり、宿題をやるのも二十年?かぶりですが、ピュアな気持ちで楽しめそうな予感がしています (*^-^)ニコ

 

ps. 完璧主義や失敗をさけようとするメカニズムをわかりやすく説明している本自体あまりないのですが、この本はとても面白いです。