なぜ久しぶりに目にするものが小さく見えたり、違って見えたりするのか?ー自分の記憶と過去と優しく付き合うヒント

わたしは留学や海外勤務で海外にいるとき、日本に帰国するのはたいてい年に一回ほどでした。

 

すると、久しぶりに目にするものが小さく見えたり、違って見えたりすることを最初は不思議に思っていました。

 

「あれっ?これってこんなに小さかったっけ?」

「あれっ、これってこんな感じだったっけ?」

 

という具合に、私の記憶の中では、とても立派に見えたビルやショッピングモールががなんだか小さく見えたり、街全体がちょっと違って見えたりという具合です。

 

そんな体験を最初はただ「不思議だなあ~」位に思っていたのですが、そんな体験を繰り返す内に、これは自分の「経験値があがって」「なにかしら成長した示し」だと思うようになりました。

 

みなさんもずっと前に卒業した小学校や中学校の前を懐かしい気持ちで通ると、当時はすごく大きいと思っていた体育館や校庭が小さく見えたりした体験はありませんか?

 

それはまさに文字通り自分が「大きくなった証拠」で、今の大人の自分は当時の自分と比べると、小学生の頃の自分には出来なかったような沢山のことが出来るようになって、それ以来たくさんの経験を積んでいます。

 

すると、文字通り自分の記憶の中で「大きい」と思っていたことが「小さく」見えるのです。

 

そうしたことの積み重ねで、人間の「認知」や「記憶」というものはどんどん変わっていくと言われています。

 

わたしは、同じような事をニューヨークという街に対して感じことがあります。

 

ニューヨークで働いていた頃の1年目は、国連本部で働く人はこうあるべきだ、と必要以上に自分にプレッシャーをかけていた時期でした。

 

せっかくニューヨークという街にいながら、どこかで仕事のことを考えていたりと、あまり街を楽しむ余裕もなかったように思います。

 

その数年後にまったくプライベートでニューヨークを訪れる機会があり、マンハッタンの西側(ウェストサイド)の端から東側の端(イーストサイド)まで、当時よく歩いていたマンハッタンの真ん中辺りを西から東へ突き抜け、ブラブラと歩きました。

 

ちょうど4月初旬の頃で、ワシントンDCではポトマック川沿いに桜が咲きほこり、マンハッタンにも優しい春の風が吹いていました。

 

当時住んでいた辺りを散歩したり、新しいカフェをみつけたり、そんな普通のことが楽しくて、仕事のプレッシャーから解放されたニューヨークはなんとも楽しかったこと!

 

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マンハッタンを西から東へブラブラと歩きながら、タイムズスクエアを通り、

五番街やパークアベニューを通り抜け、お馴染みのビル群が見えます。

 

そんなビルの風景にされ、どこか優しい春の風を感じました。

 

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そして、歩いている間に突然当時の記憶がよみがえってきて、自分でも不思議だと思ったのは、大変だったと思っていた時さえもいろいろな人を通じて必要なサポートがもたらされていたことが突然思い出されてきたのです。

 

その記憶の波は次から次へとやってきて、当時はよくわからなかったことが腑に落ちたり、パズルのピースがはまるように、当時はネガティブだと思っていたことが実は自分を必要な方向に導いてくれたことなどが突然「わかった」のです。

 

こうして、たった数時間の間に私の中のニューヨークの記憶はまったく変わってしまったのでした。

 

当時のわたしには視野も狭くなっていた面もあったのでしょう。

 

人間の「認知」や「記憶」というものはとても主観的で曖昧で、このように常に書き換えられていくと言われています。

 

つまり、自分がより体験を積んで、人生の出来事や自分に対して理解や洞察を深めていったり、自分がオープンになったりすると、自分の見る景色も体験も文字通り変わっていくのですね。

 

職場の人間関係に悩んでいる人、今大変な時期にあるなと思う人、視野が狭くなっているかもと思う人は、よかったら、小学校や中学校、高校、昔の職場などを眺めに行ってみてください。

 

もしかしたら、まったく違って見えるかも知れませんよ。

 

今の自分はその時の自分より確実に成長しているのです。

 

大変なときほど、そういうことを感じ、確認できるといいですね。

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国連ニューヨーク本部で学んだ「英語脳的仕事術」英語脳を身につけると仕事が早くなるわけー英語は⭕️⭕️を前提に会話が組み立てられていくから

英語力がある段階になると、仕事が早くなります。

それは思考回路が英語脳になることと関係している、というのが私の経験的な持論です。

もっと言うと、英語は結論(意思決定)を前提に会話が組み立てられていくからです。

 

英語で仕事をするというとすごい語彙力が必要で文法も完璧でないといけないと思う人が多いかも知れませんが、ビジネス英語であっても日常的な表現はとてもシンプルで、時にたった一語、またはたった3語くらいでやりとりがなされます。

 

語彙力や文法も大事ですが、私はある段階から英語力を伸ばすには英語的思考回路を身につける方が大事なのではないか?と思います。

 

そして、英語脳は仕事をすることを助けてくれます。

 

私は独立前の南スーダンの首都ジュバで国連PKO活動にかかわっていた当時たった一人の日本人だったので、かなり完全に英語脳になっていました。

 

(UNCEFなど他の国連機関やNGOやJICAで働いている人、ハルツームで働いている日本人はいました。そして、仮に日本人がいても職場では英語で話すことになるのですが)

 

日本語は母国語なので、なにかしらの単語が一瞬出てこないことはあっても、日本人の友人に会えば日本語は口から出てきます。

 

でも、メールででのやりとりはほぼ英語のままでした。

 

それは、英語の方が簡単で楽だったからでした。

 

慣れれば、英語の方が簡単で楽というのは、日々現地国や国際機関とやり取りをする日本のNGOや日本の組織で働いている人も共有していた感覚だったらしく、

 

日本人なのになんで英語で返ってくるの?という雰囲気でもなく、日本人同士でも英語でやりとりすることは普通に行われていました。

 

なぜ「英語の方が簡単で楽」なのか?といえば、それはおそらく

英語で仕事することと、日本語で仕事することの違いは何ですか?

英語で仕事をするということについて知っておいて方がいいことはありますか?

という質問の答えとも共通します。

 

それは、英語は結論 (意思決定)を前提に会話が組み立てられていくから、です。

 

国連職員の間でも日常的に使う語彙のレベルは、非常にシンプルです。

Do you want to the new Indian restaurant tonight around 7:30?

 

そして、求められている返答も単純です。

 

今晩食事に行く?Yes かNoか

インド料理でいいのか?Yes かNoか

7:30でいいのか?Yes かNoか

 

そこには、行きたいけど何かNoの理由があるのならその理由も伝え、

じゃあ代わりに〜行きたい、または〜して欲しいといった返答が求められます。

 

例えば、

cf.一昨日インド料理食べたばっかりだから、レバノン料理はどう?

cf.今晩は車がないから迎えに来てくれたら行けるんだ、などです。

 

もちろん日本語でも似たような会話はありますが、英語は結論だけ、

もっと言うと単語だけを言えばいい(単語で成り立つ)という面がより強いと思います。

 

先ほどの例にとると、こんな感じです。

that sounds great. will join. See you then!

(直訳) いいね。行く。んじゃ後で!

 

大文字にさえなってないし、真ん中の文では主語の(I=私)すら省略されています。

でも、今晩7:30にインド料理行く?か行かないかについての相手の質問に対しては、

「行く」と返答しているのでやりとりは十分に成り立ってなっています。

 

日本語だと少し乱暴な感じに聞こえるかも知れませんが、仕事上のやり取りも非常に端的です。

 

それは、英語(ヨーロッパの言語)は文章構造上も目的ありきの言語だからです。

 

逆に、いくら完璧な文法で立派な文章が並べられてあっても、これは何のために書かれた文章や報告書なのか、何のためにシェアされているのか?読み手側のアクションとしては何が求められているのか?が明確でなければ、意味が不明瞭な文章とされます。

 

日本語をバックグラウンドをする人で職場で、英語でどう返答したらいいか悩んでしまうという人は、丁寧な文章や完璧な文章を書こうとするよりも、

 

このメールや報告書はどういう位置づけなのか?

上司の承諾を求める文なのか?

なんらかのアプローチを提案するための資料なのか?

これを伝えることでどうしたいのか?

これを読んだ人に何を決めて欲しいか(意思決定)

これを読んだ人にどうして欲しいのか(読み手のアクション)

 

といった点に今一度注意を払ってみるといいと思います。

 

そして、こういう点を明確にします。

 

⭕️これは何のための文章(報告書)か

例)これはこういう目的で送っています、と冒頭で言う。

⭕️社内(組織内)での位置づけ

必要ならば決定事項や決議を冒頭で引用・触れる

例)月日の会議の通り、〜とすることが決まりました。それによって〜

⭕️ これを読んだ人に何を決めて欲しいか(意思決定)

例)進捗状況はこうです。次の段階に進めていいのかお知らせください。

⭕️これを読んだ人にいつまでに何を(返信)してを欲しいか(読み手のアクション)

例)いつまでに〜の点についてお返事ください。

 

こうして分解していくと、英語での仕事というイメージに覆いかぶされていたものよりも、実際に何をやればいいのかより明確に見えてくるのではないでしょうか?

 

国連ニューヨーク本部時代のわたしの上司は国連の花形部署を取り仕切る人だけあって、とても優秀な人で、国連代表としてBBCにも出演してPKO活動が展開する地域の情勢や国連の取り組みについて説明するような人でしたが、彼の返信はとてもシンプルでした。

 

Please go ahead. (了解。そのまま進めて)

Please talk to *** 部署. (***部署と先に話しつけておいて)

Let’s discuss this at the next Unit’s meeting. (次の定例ミーティングで扱おう)

 

よく英語(勉強している外国語)で夢を見るようになったら、

一つの段階に達したサインと言われますが、

改めて国連で学んだ英語脳的仕事術について考えてみると、あえて言うならば、

 

仕事のメールに一言または15語以内で返信できていたらかなり高いレベルにあると言えます。

 

(誤解のないように付け加えておきますが、英語でも丁寧な言い回しやそれなりの外交上のやり取りの文言は存在します)

 

ちなみに、オバマ前米国大統領は、ホワイトハウスのスタッフがオバマ大統領に意思決定を求める書類に対して、返す型が決まっていたそうです。

 

Agree (同意します)

Disagree(同意しません)

Let’s Discuss.(話し合おう)

 

オバマ大統領の返信はこれだけです。

 

ここにも、ビジネス英語は結論(意思決定)ありきという特徴がよく現れています。

 

日本の大企業に勤めていると、意思決定は上の人がやること、意見を聞かれてもそれがどこまで尊重されているかも反映されているかもわからない、と感じる人もいるかも知れませんが、どんな仕事にも意思決定は含まれていますし、自分がやっていることの目的を自分の中で明確にするというのは、やはり大事だと思います。

 

英語は構造上それをよりはっきりと意識させられますね。

 

そして、慣れると英語の方が簡単ではるかに仕事がやり易いと個人的には思います。

 

重役の誰々さんの顔色をうかがったり、「忖度」についてさらに忖度するよりも、より本質的な部分で勝負ができます。

 

わざとはっきり言う事を避けたり、あえてあいまいに表現する日本語の奥ゆかしさはそれはそれで味わいつつ、目的と意思決定をより明確にする英語脳を持ちあわせることは可能だと思います。

 

もっと大きな仕事をしたい、もっと思い切って自分の力を試したい、職場の人たちはいい人だけど、ここはずっと自分がいるところとは思えない、もっと違う職場があると思っている

 

ーそういう人にはぜひ英語脳的仕事術を身につけていただきたいと思います!

「ネガティブな自分」に向き合えば運命は拓ける!ノーベル平和賞に3度ノミネートされた女性から学ぶ②

1つ目は、博士論文の執筆のために各国の核政策関係者に聞き取り調査をしたときのことです。そのときにエルワージーが気づいたのは、核保有国はどの国も「もし相手が攻撃してきたらどうしよう」という強い猜疑心に憑りつかれて互いを恐れながらも、それぞれの相手の実情はまったく知らないということでした。

 

さらにその聞き取り調査によってわかった各国の思考パターンを認知マップにまとめたところ、それが各国の相互理解を促す役割を果たし、率直な議論が生まれました。これが2つ目の気づきです。

 

3つ目は、それまでに何百回とおこなわれたなかで成果を挙げた数少ない会議の共通点は、参加者全員の意見が尊重されるオープンな雰囲気だったということでした。

 

こうした気づきから、核開発問題にかかわるすべての人がひとつの場所で顔を合わせること、それぞれが公式見解をただ一方的にスピーチするのではなく、ひとりの人間としてオープンに対話ができる場を設けること──それこそ対話の成功の鍵だとエルワージーは推測したのです。

「その2秒」が世界を救う

 

とはいえ、核軍縮会議の参加者たちのお互いに対する警戒心は強く、緊張感は並々ならぬものがありました。そこでエルワージーは、議題や参加者の選定など、会議全体を注意深く計画し、準備を進めたのです。会場は、英国オックスフォード郊外の、美しい庭園のある会議場を設定するようにしました。

 

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会場に選ばれた英国オックスフォードにあるRhodes House

 

会議を成功に導くためには、参加者全員が安心感を持ちながら公的な「仮面」を外し、お互いをひとりの人間として見ることができるような「場」を作らなければならないとエルワージーは考えました。

 

そこで会議の運営者たちが着目したのが、「内的な力」と「自己認識力」です。

 

ここで言う内的な力とは、会議場で生じるだろう不安や対立を敏感に察知し、そうしたネガティブな状態をまずは自分自身が克服して、安定した精神状態で周囲を導くことを指します。

 

エルワージーは当時を次のように振り返ります。

 

「こういう問題にかかわっていると、情けないくらいにエネルギーが抜けていく状態を経験する。感情がかき乱され、疲れ果て、燃え尽きる。私たちはたいていまったく不十分な手段で、最も困難な人間の問題に対処しなければならなかった。

 

けれども、こうした焦燥感はしばしば内部の誤解や確執、コミュニケーション不足、そして、自己認識の欠如から生じるということに同時に気がついた。

 

だから、こういう仕事をするには、情熱をもって純粋な気持ちで取り組むことだけでなく、自己認識力と内的な力が不可欠だ」

 

核軍縮問題に限らず、テーマの難しい会議では、始まる前から「こんな会議はうまくいかない」という外部の冷笑や無関心に直面するものですし、本当にうまくいくのだろうかという不安が自分自身にもよぎります。

 

そもそも、会議の参加者たちにはそれぞれの立場や前提を持ち込みますし、会議に協力的な人もいればそうではない人もいます。

 

公的な見解をただ繰り返すだけの人もいれば、あなたの意見を批判してくる人もいるでしょう。

 

攻撃を受けたと感じると誰でも緊張します。

 

あなたが反論しようものなら、相手はさらに攻撃的になるかもしれません。

 

この話し合いは失敗に終わるのではないか、というあきらめが頭をよぎることもあるでしょう。しかも、こうした感情の揺れは一瞬にして起こります。こんな精神状態に陥っては冷静に物事を判断することもできませんし、ほんとうの対話や解決策を生みだすこともできません。

 

「自己認識力」とは、そういう時にこそたった2秒でも間をとることができて、自分が感じていること、反応することを客観的に理解でき、何かに反応する前に適切な言動を決められることです。

 

FT Weekend Oxford Literary Festival - Day 1
OXFORD, ENGLAND – MARCH 21: Scilla Elworthy, three times Nobel Peace Prize nominee, on Day 1 of the FT Weekend Oxford Literary Festival on March 21, 2015 in Oxford, England. (Photo by David Levenson/Getty Images)

 

自己の「シャドー」に打ち勝つために

 

「内的な力」を育むことには、前回お話ししたシャドーが大きく関係しています。自己のシャドーを自覚していないと、自分の負の感情を相手のせいにしてしまうので、他者と建設的な関係を築くのが難しくなってしまうからです。

 

シャドーは私たちを、偏見に照らし合わせて他者の人格を勝手に決めつけるように仕向けます。しかも当人は「自分が正しい」と思い込んでいるので、相手を批判するための情報ばかりが目に入ってきてしまうのです。

 

このような状態を「ダウンローディング」といいます。私たちは、すでに確立された見方をテープのように繰り返しながら、周囲の人たちを評価しているのです。

 

しかしながら、自分の考えがシャドーに端を発していて、これが唯一無二の見方ではないと自覚していれば、ネガティブな感情に惑わされず他者にオープンでいられます。同意するかどうかは別として、相手の立場や背景を理解することもできます。

 

具体的な解決策がわからなくても、個々の見解を整理し、互いに耳を傾けたうえで、改めて新しい解決策に焦点を向け直すこともできます。もしかしたら、急に目の前の世界が開けて、これまで見えていなかったものが見えてくるようになるかもしれません。

 

そのような「オープンな状態」でこそ、初めて新しい解決策も真の対話も生まれるのです。

 

自己認識力があり、内的な力が発揮できれば、困難な状況でも自分と他者それぞれの内面の動きがわかり、全員にとって最善な方向に向かうことができます。

米英中の歴史的な対話を実現

 

とはいえ、エルワージーも、核軍縮のための会合で真の対話を起こすまでにはたくさんの失敗をしたと言います。

 

「特に最初の頃は、核兵器が人類を危機にさらしていることに抑えきれない怒りを感じ、高い道徳的見地から見下して語ったりしたこともあった。でも、正義がこちらの側にあるからと言って、相手が聞く耳を持つはずもないし、まったく効果的ではなかった。

(中略)

 

そうした体験を経て、自分のなかの怒りやフラストレーションを自覚し、克服していることは必須だと知った」

 

彼女が難しい状況を切り抜けることができたのも、内的な力のおかげだったそうです。

 

あるとき、中国代表の発言によって、議論が白熱したことがありました。内的な力によって平静を保つことのできたエルワージーは、そこで3分間の沈黙を提案したそうです。短い沈黙でしたが参加者は落ち着きを取り戻し、再開されたときには、対話を前に進めることができました。

 

その結果、エルワージーは、中国で文化大革命が終わって間もない1986年に、中国人民平和武装協会の事務総長と米英核政策関係者との面会を成功させるという快挙を成し遂げました。それだけでなく、冷戦化で最もデリケートな問題であった核分裂性物質管理の問題に関しても、初めて米英中3ヵ国の対話を実現させたのです。

 

接触そのものが困難だった時代に、中国核政策部門の大物との会合をエルワージーがアレンジできたことに、欧米の政府関係者は心底驚いていたそうです。

 

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⬆️ 英国と中国代表団との会合

 

エルワージーは、核保有国を集めた対話を完全非公開で15年間も継続しました。これにより対話が冷戦化でも信頼関係を生むことを証明し、核軍縮に向けた国際的な取り決めの潮流を作り出したのです。

 

「こうした困難な仕事を経験することによって、内的な力を発揮する方法を学んだ」とエルワージーは後に語っています。

 

内的な力をマスターすることこそが、彼女が13歳の頃からずっと求めてきた「究極のトレーニング」だったのでしょう。

 

「自分が気づいていない視点や方法があるかもしれない」というオープンな精神状態で、全体を俯瞰することによって見えてくる、新たな視点や可能性があるのです。

 

クーリエジャポン 2018年1月2日 掲載 大仲千華

「ネガティブな自分」に向き合えば運命は拓ける!ノーベル平和賞に3度ノミネートされた女性から学ぶ「内的な力」

クーリエジャポン2018年1月2日掲載

 

人間は誰しも心に闇を抱えている。心理学的には「シャドー」と呼ばれるこの負の感情が原因で、ときに我々は暴走し、せっかく持つ才能や成功のチャンスを逃してしまうこともある。では、我々はシャドーとどのように付き合っていけばいいのだろうか?

 

人間の「内的な力」に気づき、自分だけでなく周囲のシャドーに向き合うことで、世界を核軍縮に導いたひとりの女性の物語を紹介しよう。

「シャドー」にどう向き合うべきか

 

前回は、ネガティブな感情や人には見せたくない自分の嫌な部分「シャドー」が、いかに内在する暴力性を助長させ、創造性や才能に負の影響を与えるかについて書きました。では、私たちはどのように自己のシャドーと向き合うべきなのでしょうか?

 

日々、決断を繰り返しながら生きている私たちの頭には、次のような問いが頻繁に浮かんできます。

 

AとBのどちらを選ぶか?
なぜいま私はこれを選んだのか?
自分にとってよりよい選択はどれか?

 

即座に決められることもあれば、迷うこともあります。自分が導かれている方向にすぐに気がつけるときと、そうでないときもあります。

 

あるとき、プレゼンの準備をしていて、突然手が止まってしまったことがありました。「こんな単純な内容ではバカにされるんじゃないか?」という思いが頭をよぎったからです。

 

内閣の安全保障のブレーンとされている人や学者が集まる会であることを、意識していたのだと思います。

 

ところが、友人に電話で相談するとすぐにこう言われました。

 

「『難しくて立派な発表』をすれば、気分はよくなるの?」

 

その一言ですぐに我に返り、集中力を取り戻すことができました。結局、当初通りの発表には、自分の予想を超えた反応がありました。

 

自分にとっての「真実」とは何か? 本当に大切なことに応えているか?

 

すぐにそれに気づけば、もっと楽に物事を決めることができるようになります。

 

そうした日々の決断にも、シャドーが関係しています。

ノーベル平和賞に3度ノミネートされた女性

 

冷戦期に核軍縮のための国際的な対話を成功させた功績によって、ノーベル平和賞に3度ノミネートされたシーラ・エルワージーの、著書『内なる平和が世界を変える』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)に南アフリカのアパルトヘイトでの和解での貢献でノーベル平和賞を受賞したデスモンツツ司教はこう序文を寄せています。

 

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「世界は危機に瀕している。だから、内的な力と外的な行動を結合できる人材が必要だ。

 

内的な力とは、習慣的な内省や瞑想を通して、克己心、自我への鋭い観察力と自制を磨くことから生まれる。

 

望むような外的変化は内的変化抜きに実現しない。これが現在の進化プロセスなのだが、ほとんどの人がまだそれを理解していない。

 

あなたの自覚の質(自己認識の質)が、あなたが生み出す結果の質に直接影響する。

 

紛争を変容させ、世界の問題を解決するための創造的イノベーションとエネルギーもそこから作り出される」

 

では、ツツ司教の言う「内的な力」、そして「自己認識の質」とはいったい何を指しているのでしょうか?

少女たちを救うための「トレーニング」

 

英国出身の平和活動家であるエルワージーは、ハンガリー動乱(1956年)の際に忘れえぬ経験をしたと言います。

 

当時13歳だった彼女は、テレビでソ連軍がハンガリーの首都ブダペストに侵攻し、小さな子供たちが戦車で轢かれるニュースを目撃します。

 

「とにかく、ブダペストに行かなきゃ」と奮起したエルワージーは、さっそく荷造りを始めます。ところが、そんな娘に対して母は冷静にこう言いました。

 

「あなたの気持ちはわかったわ。でもね、あなたは少女を救うために必要な『トレーニング』を受けてないの。どうしたらそれを受けられるのか、一緒に考えてみましょう」

 

その後、彼女は大学へ進学し、難民キャンプやアルジェリアの孤児院で働きながら、紛争やトラウマが人間にどれほど深刻な影響を与えるかも、身をもって学びます。

 

さらに核保有国の政策者に聞き取り調査をして論文を書き、博士号を取得。アフリカで働き、結婚して子供も授かりました。その後、国連のコンサルタントをつとめ、リサーチにも関わるようになります。

 

しかし、これだけのキャリアを積みながらも、彼女が13歳のころから求めてきた「トレーニング」を受けることはできなかったそうです。それを痛感したのは、1982年に国連ニューヨーク本部で開催された第2回国連軍縮特別会議に参加したときでした。

なぜ「核軍縮会議」は失敗したのか?

 

冷戦期だったその当時、米国、旧ソ連、そして英国の持つ核兵器がかなりの数に達したことから、核戦争の偶発的な勃発に国際社会は危機感を募らせていました。

 

それゆえ、同会議は国際的にも注目され、日本を含め世界中から多くの関係者が参加。ニューヨークのセントラルパークでおこなわれたデモには、核軍縮を求めて100万人が集まりました。米紙「ニューヨーク・タイムズ」が核問題について5ページの大特集を組んだことからも、問題への関心の高さがうかがえます。

 

ところが、会議は期待外れなものでした。各国の担当者がただ自分の立場を主張し続け、具体的な成果が何も生まれない──エルワージーが目の当たりにしたのは、そんなシビアな結果でした。

 

落胆と失望のなかで、このままではまずいと感じたエルワージーは、問題の本質は何だったのかと考えはじめます。

 

そのとき、彼女の頭のなかを駆け巡ったのは、「誰が真の意思決定者なのか?」という問いでした。そして、「ともかく、その意思決定者に会わなければ!」というひらめきのような衝動と、「本当に変化をもたらすために必要なもの」を見つける粘り強さが彼女を突き動かしたのです。

対話を成功させるために必要なものは…

 

まず、問題の解決には、核保有国の意思決定者や核兵器の設計者、研究者に軍幹部といった世界中の核政策関係者が一堂に会することが不可欠だとエルワージーは考えました。

 

しかし、1980年初頭は、米ソの緊張が再び高まり、西側陣営と東側陣営の間に大きな溝がある時代でした。

 

そんな状況で、どうすれば全関係者を集めた核軍縮の対話を始められるのか──考えに考えた末、エルワージーは3つのことに気がついたのです。

 

続く

 

クーリエジャポン2018年1月2日掲載 大仲千華「答えを求めない勇気」

 

(写真)ダライ・ラマとデスモンドツツ司教

 

(シーラ・エルワージーのTedトーク)

宇宙の視点から地球を見たら❓自分が目を向け愛を向ける世界を広げるとそこから愛が返ってくる

約10年国連で働きました。

 

忘れもしない初任地東ティモールに赴任する前に送られてきて、署名した書類の一つが「国連事務総長への宣誓」でした。

 

コフィーアナン国連事務総長(当時)宛てに、どの国の利益も優先せず国連憲章の理念をなによりも最優先することを誓ったのでした。

 

今では国連は離れたけれども、一つの国を超えて物事を考える視点はかわっていません。

 

そもそも一国の利益を考える発想がなかったので国連で働くことはわたしにとっては自然な選択でした。

 

今思えば、一つの国を超えた視点で物ごとを見て感じていたので、国連という「世界を舞台とする職場」を引き寄せたのでしょう。

 

自分の才能を発揮して自由に思いっきり生きたいと思ったら世界全体を見ること

 

世界を舞台に才能を発揮して自由に思いっきり生きたいと思ったら、宇宙の視点から地球を見ること

 

一段上の大きな世界に視点を合わせることが自分を引き上げてくれます。

 

物理的に世界を駆け回らなくても、地球的な視点を持つと身近なことが「世界的な仕事」になっていきます。

 

一番もったいないのは、自分の周りだけの小さな世界にいること。

 

自分が目を向け愛を向ける世界を広げるとそこから愛が返ってくるよ。

 

 

「やりたいことが分からない」と言って自分を誤魔化すのはもうやめよう

やりたいことが分からないのと、それをしたらどうなるんだろう、ああなったらどうしようという不安は全く別もの。

 

「やりたいことが分からない」と言って自分を誤魔化すのはもうやめよう。

 

どんな選択肢があるのか考え抜くこと。

 

そして、その一つ一つに対する「不安」を一つ一つ分解すること。

 

何が起きたら一番こわいのか?

 

その「こわい」はどうしたら減らせるのか?

 

その「こわい」は本当なのか?それとも思い込みなのか。

 

 

 

時代は自分が大切だと思っていることを大切にする人をサポートする方向に動いています。

 

まず、自分に正直になることから始めよう。(*^-^)ニコ

 

(写真)姪っ子ちゃん、なかなか色使いが上手です

ノーベル平和賞に3度ノミネートされたシーラ・エラワージー「逆説的に聞こえるかも知れないけど、人が『マスク』を抜いでもろさを出せる時にこそ成果がうまれる」

今、日本も世界も危機にあります。

同じやり方では続けられなくなっています。

にんげんとして必要なことや本当に大切なことを無視し犠牲にして自分だけが生き残るやり方で国も社会が繁栄するはずがありません。

 

この数年で気づいたら、社会全体の力も一人一人の生命力も弱ってきています。

 

真実や真理はわたしたちに活力やインスピレーションをくれるけれども、「にせものの力」は人から力を奪っていきます。

 

今の時代、私たちは本当の力や真実を見極めていかないといけません。

 

そして、「ほんとうの力」を求め、自らつくり、広げていかないといけません。

 

ノーベル平和賞に3度ノミネートされたシーラ・エルワージーの著書、「内なる平和が世界を変える」(Pioneering the Possible)の序文にこう書かれています。

 

内なる平和が世界を開ける

 

「世界は危機に瀕している。だから、内的力と外面の行動を結合できる技を持った人たちが必要だ。

 

内的力は、習慣的な内省や瞑想を通して、克己心、自我への鋭い観察力と自制を磨くことから生まれる。…

 

望むような外的変化は内的変化抜きに実現しない。これが現在の進化プロセスなのだが、ほとんどの人がまだそれを理解していない。あなたの自覚の質が、あなたが生み出す結果の質に直接影響する。

 

紛争を変容させ、世界の問題を解決するための創造的イノベーションとエネルギーもそこから作り出される。」

序文 デスモンド・ツツ

 

シーラ・エルワージーは、本の冒頭で「自分の仕事の成果は内的な力の直接的な結果だ」とも言っています。

 

これはどんな意味なのでしょうか?

 

彼女は、13歳の時のショックだった体験を紹介しています。

 

テレビでソ連軍がハンガリー・ブダペストに侵攻して、小さな子どもたちが轢かれるニュースを見たそうです。

 

「ともかくブダペストに行かないといけない」と思った彼女は、スーツケースを出してきてパッキングを始めます。

 

その彼女に対してお母さんは冷静に言うのです。

 

「わかったわ。でもね、あなたはそれに必要なトレーニングを受けてないの。どうしたら受けられるのか一緒に考えましょう」と。

 

その後、彼女は大学へ行き、難民キャンプやアルジェリアの孤児院で働き、紛争やトラウマが人間一人一人に与える影響も身をもって体験します。

 

核政策にかかわる人たち13人に深い深いインタビューを行い、博士号を習得し、アフリカでも働き、結婚し、子どもも授かります。

 

国連のコンサルタントを務め、リサーチにもかかわります。

 

しかし、それでも、彼女が13歳以来求めてきたほんとうに必要な体験もスキルもまだ学べていなかったと言います。

 

その事を痛感したのは、国連ニューヨーク本部で開催された核軍縮に関する特別会議に参加した時でした。

 

第二次世界大戦後、二回目の開催となった核に関する特別会議だけあって、日本など世界中からも多くの人が参加し、それに合わせて何千人もの人がニューヨークのブロードウェイでデモを行ったり、ロビーイングに参加し、会期中にはニューヨークタイムスが核問題について大きな特集も組んだそうです。

 

そうした熱気に触れ、「何かが変わるかも」と期待とともに会議場に戻った彼女が直面したのは、何もなかったように自国の立場を話し続ける各国の担当者と何の具体的な成果も産まずに終わった会議でした。

 

彼女は何が本当の問題だったのか?と、考え続けます。

 

その時、彼女の頭を占拠したのは、

誰がほんとうの「意思決定者」なのか?という疑問と、

ともかく、「意思決定者」に話さないといけない!

という失望の中で受け取った閃き💡のような衝動と、

 

ほんとうに変化をもたらすためには何が必要なのか?という問いでした。

 

まず彼女は、政治家や安保理常任理事国、兵器製造企業経営者や技術者などを議論に含めないといけないと考えました。

 

ちなみに、これは80年代初頭の冷戦まっただ中の話しです。

 

今のように、インターネットがあるわけでもなく、各国の防衛省や外務省の組織図が公開されているわけでもありません。

 

アメリカの担当者はロシアや中国の担当者と顔を会わせたこともないし、

会議が始まる前から彼女は参加者たちの疑いや強い緊張を感じたと言います。

 

彼女は、会議全体を注意深くデザインし準備を進めます。

会場は、英国オックスフォードの郊外にある美しい庭や緑のある場所に決まりました。

 

議題や会場、参加者の選定などを進めると同時に、彼女は、会議のサポートに関わる人にとってのほんとうの「準備」はもう少し別のところにあった、と言います。

 

ほんとうの成果が生まれるためには、それぞれが公式見解をただ一方的にスピーチするのではなく、一人の人間としてオープンに対話ができる場が必要だと彼女は考えました。

 

そのためには、彼らが緊張や不安から解放され、公的な「マスク」を一瞬でもいいから脱げるくらいの「安全な場」をつくることが鍵だと思いました。

 

彼女が会議の運営に関わる人たちと共に進めた準備とは、会議がはじまるとその場で生じるだろう不安や緊張、疑いをその人たちが自分の中で「超えていること」、そしてその状態をホールドできる「内なる強さ」を持つことでした。

 

彼女は、成果を生む場をつくるために、内的な力をマスターしている人たちを5人程呼び、その人達に会議室の真下で1日中瞑想をしてもらい、文字通り会議を下で支えてもらうことにしました。

 

会議中、米国国務省の出席者の一人がシーラのところにやってきて、言います。

「シーラ、この建物は何か特別だ。下から何か湧いてくるように感じる」と。

 

シーラは、会議室の真下の部屋で瞑想をしている人たちがいることを伝えました。

 

「みなさんのランチを配膳してくれた人たちを覚えてますか?

あの人たちが下で瞑想してくれてるの。もしよかったら本人たちに聞いてみて」

 

米国国務省の担当者は、その人たちの笑顔と穏やかさに触れ、驚きと同時に何か腑に落ちた表情で会議室に戻っていったそうです。

 

彼女はこうした対話を続け、こうした場での交流が冷戦化の対立の中で信頼関係を生み、核条約の締結につながったと言われています。

 

彼女が行った対話は非公式という条件で行われたので、当時は一言もメディアに載ることもなく、今になって彼女がずい所で明かすエピソードが示唆に満ちていて面白いのですが、

彼女にはある確信があったそうです。

 

「難しいテーマである程、会議室には言葉にされなくてもすぐに不安や疑い、怒り、フラストレーション、失望が蔓延する。そんな状態では、同じ意見の応酬が続くだけ。」

 

… (中略) …

 

「人は対話を『ソフト』なものと言い、『マッチョー』なものを求める。

でも、本当に生産的な結果を生みたかったら、私たちは怖れを超える内的な強さを持たないといけない。」

 

… (中略) …

 

「逆説的に聞こえるかもしれないけれども、人がマスクを抜いでもろさを出せる時に事が動いた。結果が生まれた。自分がありのままでいられる程、成果を生んだ。」

 

これこそが、彼女がブダペスト以来ずっと求めてきた「トレーニング」(スキル)だったのです。

 

私もニューヨークの国連本部で働いていた時に、やはり各国の担当者が一方的にスピーチするのを聴き続けてとても疲れたことを覚えています。偶然にも軍縮に関する会議でした。

 

「怖れを超えたところからしか本当の力は生まれない。」

 

本当の力とは、怖れや緊張や疑いなどネガティブな面を否定するのはありません。

 

「ありのまま」(being authentic)とは、自分の中の怖れや怒りなどを自覚し、正面からとらえ、愛をもって受け入れることによってそれらを「力」にすることができるのです。

 

彼女のエピソードがつまった動画おすすめです!

 

Scilla Elworthy: Part 1 – The Heart of Peace

Discover the core challenges & opportunities in making peace actually work with Nobel Peace Prize nominee & founder of the Oxford Research Group & Peace Direct.

 

http://globalleadership.tv/video/scilla-elworthy-part-one-the-heart-of-peace/