【時代の変化①「変える」から「つくる」へ】

今時代はどう変わりつつあるのでしょうか?

 

一つは「変える」から「つくる」への変化です

 

「変える」は、

変える対象と対峙する、

対決する、否定する、

というニュアンスを伴います。

 

誰かを変えようとすると

相手が反発するのと同じで

変えようとすればする程

「反対勢力」を生み出します。

 

また、

大きいものや

組織化されたものであるほど

一度できたものを

「変える」のは難しいと

「働き方改革」一つとっても

実感される方も多いでしょう。

 

「変える」と一見似ていながら

根本的に異なるのが

「創る「create」

(クリエート・生み出す)です。

 

 

何か新しいもの創る、

生み出すときには、

つくりたいもの、

体験したいものの

イメージを先に持ちます。

 

 

イメージや色、情感、音など

自分の中の

ありとあらゆる

感覚を駆使して

そのイメージを広げるのです。

 

 

これは創造性の特徴の一つで

芸術家や音楽家といった人たちが

いろんな言葉で伝えてくれています。

 

そして、

そのイメージに日々

自らのエネルギーを

吹き込んでいって、

 

その人

それぞれの方法で

具現化していくのです。

 

自分を「変えよう」として

思うようにいかずに

がっかりするよりも

 

自分に改めて問いかけましょう。

自分との対話を持ちましょう。

 

今までと同じでは上手くいかない

時代の変化が起きているのを感じる

変化のスピードが早い

 

もしそう感じているとしたら

それはおそらく

気のせいではありません。

 

 

そもそも自分は

どういうライフスタイルや

働き方を望んでいるのか?

 

どういう人生を望んでいるのか?

どういう社会を望んでいるのか?

どういう世界を望んでいるのか?

どういう地球を望んでいるのか?

 

そのイメージを大切に

自分の中のクリエーションの芽に

毎日エネルギーを吹き込んで(水をあげて)

大切に育てていきましょう。

 

creation 6

 

ウィーンフィル奏者に取材して発見した’共通点’ー一見まったく違う分野の人の体験から学ぶことができれば、人生100倍うまく生きることができる

NHKに「達人たち」という番組があります。まったく違う分野で功績を持つ人たちが、互いに仕事の極意や大変だったこと、苦労の乗り越え方などを伝えあいます。

 

私が見たのは、井村雅代 シンクロコーチと欧州で指揮者として活躍し、大河ドラマのテーマ曲を指揮したことでも知られる指揮者広上淳一さんのクロスインタビュー。

 

いろいろなテーマがでてきますが、音大で若い人たちに音楽を教える広上は、どうしたら今の若い人たちを、一から指導し、8回連続オリンピックメダル獲得という偉業を成し遂げることができるのか、の秘訣を探ろうとします。

 

一方はシンクロコーチ、片方は指揮者(音楽家)。

 

一見、まったく違った分野で闘っている二人ですが、二人の会話を通じて、世界を舞台とすることのメンタリティーなど自然と共通点が浮かびあがってくるのが面白いところです。

 

どの回を見ても、全く違う分野の人たちが対談をしますが、まったく違和感はないし、逆に、それぞれのユニークな体験の中に、お互いが自分に当てはまることを見つけていきます。

 

一流が一流たるゆえんは、きっと一見全く違うような文脈の中に、より大きな普遍性や法則性を見出せることなのかも知れません。

 

一人では一つの人生しか生きることができないけれども、いろいろな分野の先人たちの体験から学ぶことができたら、いろいろな人生の対処法も知恵も身につけることができますよね。

 

映画などを見てる時でも、「ああ、わかったっ!」と、自分の頭の中でとつぜんパッと💡ひらめき💡が起こるような瞬間があったりします。

 

ウィーン管弦楽団(ウィーンフィル)でソロ演奏も担うフルート奏者、ディータ・フルーリーに取材をさせてもらっ際に、私も似たような体験をしました。

 

その中で、「どうしたらあんなに透き通った音色を出せるんですか?」と、日本の中学生からよせられた質問に答える場面がありました。

 

彼の答えはこうでした。

 

「何よりも先に自分の出したい音を想像するんだ。

それを技術と呼吸、そして、自分の持っている全てを使って表現するんだ。

その音に少しでも近づくために一生練習し続 けるんだよ。」

 

私はそれを聞いて、なるほど!とガッテンして、私も同じだ!と嬉しくなりました。

 

ウィーンフィルフルート奏者.jpg

ウィーンフィル フルート奏者.jpg

 

私の表現方法は「書く」というものですが、私にとって書く体験とは、「まず先に全体像が頭の中にぱっと浮かんで、それをなんとかメモして、言語化していく」プロセス です。

 

言葉が追いつかなくて、全体像が浮かんでいるのに全体がまとまらない時は「気持ち悪くて」、文字にすると「すっきり」します。

 

彼にそのことを説明したら、全く違う分野の人(彼は私のことをジャーナリストだと思ったかもしれません😊)も似たような体験をするんだ、と新鮮に感じたようです。

 

来日公演時の懇親会の席では、「興味深い会話をありがとう」と立ち去る前に最後に声をかけてくれました。

 

なんでもいいから、一生懸命に何かに打ち込んだり、探求したり、何かを突き詰めた体験があると、入り口はどんな分野であっても、人間や人生についてのなんらかの普遍的な理解や洞察に至るのかもしれないと感じました。

 

試験では最短で最小限の労力で合格する作戦がある時点では成功しても、人生では、もっと長期的な戦略が必要です。

 

一見、「無駄」に見えること(すぐに結果や答えのでないことを追求してきたか)をやってきた体験があるかないかは、長い人生のスパンでは、大きな「差」となってでてくるように感じます。

 

一見、すぐに仕事につながらないように見えることでも、自分が興味を持ったこと、知りたいこと、なんで?と思ったことを追求するのをやめないでください。

 

そういう体験が、自分の「軸」となる土台をつくってくれます。

そういう部分がないと、人はすぐにポキっと折れてしまいます。

その人の「幅」になってくれ、「器」をつくってくれます。

 

それが誰にでも認められるような功績として現れていなくても、自分が自分の興味を尊重し、大切にしてきた、というその時間と体験が深い部分で、自分の器を大きくしてくれています。

 

ウィーンフィル取材の記事➡️

「世界のトップ」はなぜ東北を目指すのか? ハーバードとウィーン・フィルが教えてくれた世界の中の「東北」②