なぜ久しぶりに目にするものが小さく見えたり、違って見えたりするのか?ー自分の記憶と過去と優しく付き合うヒント

わたしは留学や海外勤務で海外にいるとき、日本に帰国するのはたいてい年に一回ほどでした。

 

すると、久しぶりに目にするものが小さく見えたり、違って見えたりすることを最初は不思議に思っていました。

 

「あれっ?これってこんなに小さかったっけ?」

「あれっ、これってこんな感じだったっけ?」

 

という具合に、私の記憶の中では、とても立派に見えたビルやショッピングモールががなんだか小さく見えたり、街全体がちょっと違って見えたりという具合です。

 

そんな体験を最初はただ「不思議だなあ~」位に思っていたのですが、そんな体験を繰り返す内に、これは自分の「経験値があがって」「なにかしら成長した示し」だと思うようになりました。

 

みなさんもずっと前に卒業した小学校や中学校の前を懐かしい気持ちで通ると、当時はすごく大きいと思っていた体育館や校庭が小さく見えたりした体験はありませんか?

 

それはまさに文字通り自分が「大きくなった証拠」で、今の大人の自分は当時の自分と比べると、小学生の頃の自分には出来なかったような沢山のことが出来るようになって、それ以来たくさんの経験を積んでいます。

 

すると、文字通り自分の記憶の中で「大きい」と思っていたことが「小さく」見えるのです。

 

そうしたことの積み重ねで、人間の「認知」や「記憶」というものはどんどん変わっていくと言われています。

 

わたしは、同じような事をニューヨークという街に対して感じことがあります。

 

ニューヨークで働いていた頃の1年目は、国連本部で働く人はこうあるべきだ、と必要以上に自分にプレッシャーをかけていた時期でした。

 

せっかくニューヨークという街にいながら、どこかで仕事のことを考えていたりと、あまり街を楽しむ余裕もなかったように思います。

 

その数年後にまったくプライベートでニューヨークを訪れる機会があり、マンハッタンの西側(ウェストサイド)の端から東側の端(イーストサイド)まで、当時よく歩いていたマンハッタンの真ん中辺りを西から東へ突き抜け、ブラブラと歩きました。

 

ちょうど4月初旬の頃で、ワシントンDCではポトマック川沿いに桜が咲きほこり、マンハッタンにも優しい春の風が吹いていました。

 

当時住んでいた辺りを散歩したり、新しいカフェをみつけたり、そんな普通のことが楽しくて、仕事のプレッシャーから解放されたニューヨークはなんとも楽しかったこと!

 

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マンハッタンを西から東へブラブラと歩きながら、タイムズスクエアを通り、

五番街やパークアベニューを通り抜け、お馴染みのビル群が見えます。

 

そんなビルの風景にされ、どこか優しい春の風を感じました。

 

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そして、歩いている間に突然当時の記憶がよみがえってきて、自分でも不思議だと思ったのは、大変だったと思っていた時さえもいろいろな人を通じて必要なサポートがもたらされていたことが突然思い出されてきたのです。

 

その記憶の波は次から次へとやってきて、当時はよくわからなかったことが腑に落ちたり、パズルのピースがはまるように、当時はネガティブだと思っていたことが実は自分を必要な方向に導いてくれたことなどが突然「わかった」のです。

 

こうして、たった数時間の間に私の中のニューヨークの記憶はまったく変わってしまったのでした。

 

当時のわたしには視野も狭くなっていた面もあったのでしょう。

 

人間の「認知」や「記憶」というものはとても主観的で曖昧で、このように常に書き換えられていくと言われています。

 

つまり、自分がより体験を積んで、人生の出来事や自分に対して理解や洞察を深めていったり、自分がオープンになったりすると、自分の見る景色も体験も文字通り変わっていくのですね。

 

職場の人間関係に悩んでいる人、今大変な時期にあるなと思う人、視野が狭くなっているかもと思う人は、よかったら、小学校や中学校、高校、昔の職場などを眺めに行ってみてください。

 

もしかしたら、まったく違って見えるかも知れませんよ。

 

今の自分はその時の自分より確実に成長しているのです。

 

大変なときほど、そういうことを感じ、確認できるといいですね。

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「職業」に「自分」を合わせる時代は終わりー自分が先にあって、自分という存在から表現されるものが「存在意義」であり「価値」になる時代!じぶんに乾杯!

わたしは、いろんな国で子供たちに「将来何になりたい?」と聞いて気がついたことがあります。

 

どんな国でも、不思議なくらい答えは同じだったのです。

 

サッカー選手、エンジニア、医者、学校の先生。。。

 

そう。知ってることしか見えない。

 

私たちは、自分が知ってる事、見たことがある事、親が言うことしか知らないのです。

 

そんな「小さな自分の世界」だけで将来を決めようとしています。

 

「2011年に小学校に入学した子どもの65%は、いまはまだない職業に就くでしょう」と指摘したのは、デューク大学のキャシー・デビッドソン教授でしたが、AIの急速な進化でその意味が急に現実味を帯びてきています。

 

「職業」に「自分」を合わせる時代は終わりつつあります。

 

自分はどんなライフスタイルを望んでいるのか?

自分はどんなことを大切にしたいのか?

 

「職業」が先にあるのではなく、自分が先にあって、自分という存在から表現されるもの、それこそが「存在意義」であり「価値」となる時代です。

 

それが先にあって、結果的にそれに近いものが肩書きとして使われていくのです。そして、複数の肩書きを持つ人たちが増え、既存の肩書きではおそらく表現しきれなくなっていくので、自分でタイトルをつくる人たちが増え、もっと言うと、

 

自分という存在自体が「ブランド」になっていくでしょう。

 

だから、突き抜けた人が輝いていく時代です!

 

自分が自分に戻るだけです!

 

自分が自分であること

 

自分に正直に、思いっきり自分らしくいきしょう!!!(笑)

 

自分に乾杯!

 

いえーい!

 

 

この天候が教えてくれること

さて、寒波が続き東京で氷点下の日が6日連続で続くなど、記録的な寒波が続いています。
この寒さの意味を考えるとき、「愛の鞭」のように感じます。
これまでなんとなく「違和感」と感じていたこと、自分の本音じゃないけどやってきたこと、などなどなんとなくできたことも、この寒さ(エネルギーの激しさ)の中ではもう無理と思い、身体が動かなくなったり、いろいろなことが「はっきり」されてきます。
もう「なんとなく」「ぬるま湯」に浸かっていられないよ、という「愛の鞭」のようなメッセージにように感じるのです。
でも、これは自分のことを大切にすることであったり、
もう自分にとって上手くいかないことを見直す機会でもあるのです。
実際、そういう時代の流れが強まっています。
でも、この気候がもたらす意味をきちんと受け止め、自分にとって大切な価値や人生の優先順位をはっきりさせることができれば、そして寒さにもめげずにたんたんと必要なことをやっていけば、
土深くに根をはり、根をしっかりと伸ばし、春には大きな芽を出し、強い茎となり空に高く伸びて、夏には大輪のお花を咲かせてくれるでしょう。
この冬を越えた後の夏が楽しみです。

一生懸命働いているのに『自分ではどうすることもできない』と感じるときー気力を取り戻すための5つのヒント

「自分の希望の職種についたのですが、毎日忙しく徐々に気力が無くなってしまいました」、という人はけっこう多いようです。

 

上司に改善を求めても何も変わらない。

 

一生懸命働いているのに、『自分ではどうすることもできない』と感じてしまう。

 

「燃え尽き気味」の人に見られる一番大きい特徴は、単に物理的に忙しいだけでなく、『自分ではどうすることもできない』という「心理的な重荷」を持っていることです。

 

ではそういう時にはどうするのがいいのでしょうか?

 

まず自分を責める必要はまったくありません。

 

女性には子どもを産み育てるというDNAが組み込まれているので男性よりも(うつになる前に)早く身体が「もう無理です」と信号を発します。

 

モーレツ社員的な働き方に身体も心もNOと言うのはある意味健全なことだと思います。

 

まず気力を取り戻すことに集中しましょう。

 

忙しかった時にフタをしてきた感情を解放しましょう。

 

自分を責める気持ち、失望、くやしさ、無力感。。。
意識している以上にあるかもしれません。

 

そうした感情(エネルギー)は身体から気力や活力を奪い、身体全体の気の流れに滞りとなります。

 

逆の言い方をすると、そうした感情が解放されると気力が戻ってきます。

 

そして、いろいろな業界の働き方を知りましょう。

 

仕事ができることは大事だけれども、「使い勝手のいい人」として自分を使わせる必要はありません。

 

そして、自分はどんなライフスタイルや働き方を望んでいるのか知りましょう。

 

別の言い方をすると、自分の人生の優先順位を明確にし直すことです。

 

誰かにとっては理想の職場でも自分が望んでいることではないかもしれません。

 

自分の人生のバランスを見直すサインでもあります。

 

こういう時期は、神さまから与えられた贈り物と考えましょう。

 

そして人間や組織のダイナミックスを知りましょう。
人はなすり付けをしたり、競争したりします。
人は自分を守ろうとします。

 

上司がどうしてそういう行動しかできなかったのか分かるでしょう。

組織全体で何が起こっているのかという視点、そしてその中での自分の立ち位置をあらためて客観的に理解しましょう。

 

その上で、自分はどうしたらいいか判断できるようになります。

 

なにより、自分にとって大切なことを大切にしながら仕事ができるような「強さ」と「賢さ」、「しなやかさ」を身につけましょう。

 

人生では次に飛躍するために、一度立ち止まって「知恵」を身につける時期があります。

 

ただ、一人でこれをやる必要はありません。

 

コーチやカウンセラーは自分も同じような苦労した体験を持っています。そうした人たちも誰かのサポートがあって、乗り越えることができました。

 

そして乗り越えた時にその体験は文字通り自分にとって糧となってくれます。

 

適切なサポートと共に一緒に前に進んでいきましょう。

仕事/家/パートナー/上司/環境が変わったら、きっとよくなると思っている時に気をつけるべき「ちゃぶ台返し病」

仕事/家/パートナー/上司/環境が変わったら、きっとよくなると思っている時に気をつけないといけないことがあります。

 

仕事/家/パートナー/上司/環境が変わったら、確かにいろんなことが変わりますから、確かにそういう面はあると思います。

「ここはなんか違う」「私がいるべきところじゃない」という感覚は自分でわかりますし、私

自身もそういう時期があって、その時の職場から抜け出した時には、すごくホッとしたのを覚えています。

 

同時に気をつけないといけないことがあります。

それは、ゼロか100かの思考パターンになっている時です。

すると新しい仕事でも似たような体験をするかも知れませんし、「あれ、思っていたのと違う」ということになりかねません。

 

なぜなら、自分が「問題」だと思っていることの根本は、仕事でも上司でもなく、自分の「内」にあるかもしれないからです。

 

私はある時、すごく引っ越しがしたくてたまらなくなったことがあります。

 

駅からも近いし、眺望もよくて、築浅でキッチンもバスルームも新品で綺麗だし、エントランスも心地よくて、来る人はみんな気に入ってくれる恵まれた環境にいたのですが、

 

唯一のお悩みは日当たりが悪いことで、夏は西日が暑いくらいなのですが、冬になると日当たりが欲しいなあ~と感じていました。

 

ある時、その感覚がだんだんと大きくなっていって、ついに「引っ越したい!」とさえ思いました。

 

太陽(日当たり)を求めるのはにんげんの生理学的にもごくごく自然な欲求だと思うのですが、

「日当たりが欲しい」が「もう嫌!」と嫌な方にフォーカスがいってしまって、その感覚がどんどん大きくなっていって、ついには、「これさえ変わればよくなるに違いない」というような感覚にさえなっていきました。

 

何件か物件をみたのですが、ピンと来るものがなかったので、結局引っ越しはしなかったのですが、その時は衝動のように「いやな面」がフォーカスされてそれから逃れたいというような気持ちになったのを覚えています。

 

ある時は、ある時期の仕事を思いださせるものがすべて嫌になってしまって、その時のスーツをほぼぜんぶ処分してしまった時もありました。

そして後で、「あれ〜なんでぜんぶ処分しちゃったんだろう?一つや二つはとっておいてもよかったよなあ」と思うことがありました。

 

自分でもちょっと極端だったと思うのですが、人にはそういう思考(衝動)におちいる時があります。

こういう衝動を「ちゃぶ台ひっくり返したい病」と呼んでます(笑)

実際にストレス研究では、人はストレスや不安が高い時、ゼロか100かの思考パターンになりやすいと言われています。

 

こういう場合に何が起きているかというと、自分の中の自己嫌悪などのネガティブな思いや感情が何か周りのものに投影されている(映し出される)のです。

 

そして、それがすごく「いや〜」な感じを思い出させるので、もう離れたい!と思うのです。

 

でも実際に嫌っているのは、自分の中の部分なのです。

 

これが住みか、仕事やパートナーなどに投影されてしまうと大変ですね。

 

もし、「いや〜」な感じがしているのだとしたら、周りの環境や人や出来事になんらかの投影をしている可能性が高いですね。

 

仕事でいうと、「次に進む時だな」と思う時と、もうこれ嫌!と避ける・逃げる感じはかなり違います。

 

今の仕事はいろんなことがあって大変だったけど、自分がやるべきことはやりきった、この仕事で学ぶべきことは学んだ、といった感じがあるか、または次にやりたい仕事への思いがすごくあるかなど、といった感覚があります。

 

グッドニュースは、人や住まいを変えるのは大変だけど自分の中の感覚はいつでも変えられることです!

(‘-‘*)フフ

実は「このままでいいんだろうか?」という思いながら、一歩踏み出したいけど一歩踏み出せない人の中で起きていること

一歩踏み出したいけど、不安やネガティブなことばかり浮んでしまって一歩踏み出せないという声を聞きます。

 

「ライフシフト100年時代の人生戦略」が話題になったように、人生を学校→会社→引退という3つのステージで捉えてきた前提自体が変わっていくと多くの人が感じとっている、

 

だからこそ、「このままでいいんだろうか」「なにか新しい可能性に挑戦したい」という意識が社会全体的に高まっているという背景もあるようです。

 

しかし、自分の方向性を見つけていく過程は、すぐに答えが見えないので「今自分が向かっている方向はあっているんだろうか」と悩むことは尽きないし、自分の判断基準をもつこと、自分の感覚を信じることが何度も問われます。

 

「こんなに努力しているのに。。。」「どうせわたしは無理なんじゃないか」「なんか自信をもてない。。。」と自信も失っていくこともあるでしょうし、あまりにもそうした体験が続くと、自分にとって明るい展望を信じることも難しくなってきて、周りの人にも「懐疑的」になっていくこともあるかも知れません。

 

一生懸命に努力しているのになかなか成果が見えず、グルグルと回りをまわっているように感じる時は本当に辛いです。

 

途中でやめたくなることもあると思います。

 

または、幸いにずっと望んでいたような仕事についたり、ある程度やり遂げたし、成功も体験したのに、相変わらず心の奥底には、自信のなさや劣等感があるのに気づいて、がっかりしたり、または、ある程度何かに取り組んだからこそ次の壁に直面して、自分の無力感や虚無感を感じることさえあります。

 

週末はカフェにいったり、ジムに行ったり、友人とワインを飲んだりそれなりに楽しいことがあるので、そんなこと「ないふり」もできるのですが、

 

実は「このままでいいんだろうか?」という思いを感じている人は少なくないようです。

 

そして、そうした嫌な気分を埋めるためには「頑張ること」が大切だと思って、何かに対してがんばろうとします。

 

この資格がとれたら、

大学院を卒業したら

MBAをとれたら

昇進したら

転職したら

。。。

 

と考えてみるのですが、こんな思いも時々頭をかすめます。

「こういうものを表面的に埋めようとするのは無理なのかもしれない。。。」

でも、それを認めるのはこわいし、でも、どうしたらいいのか分からないから多くの人がそこで思考停止状態になってしまいます。

 

そんな時に役に立つことは、まずは、自分の中の「葛藤」に気付くことです。

 

この場合の葛藤とは、

「自分はこうあるべきだ」という理想の自分像と、「ほんとうの自分」との葛藤です。

 

『ほんとうの自分』とは、「こう見せようとしているけど、実は自分ってこうなんだ」と自分で気づいている部分のことです。

 

一生懸命に鎧でおおって、埋め合わせしようとしている部分のことです。

 

たとえば、

かっこ悪い自分

みえっぱりな自分

「私ってたいしたことないな」と感じる自分。

恥ずかしがり屋な自分

批判に過度に反応してしまうジブン。

実はこわがりな自分。

本当はなまけもののワタシ。。。

実はわがままなジブン。。。

実はできないワタシ。。。

傷つきやすいワタシ

などです。

 

誰もがこうした部分を自分の中にもっています。

 

でも、私たちは、「自分はこうあるべきだ」という理想の自分像を信じたいので、

こうしたありのままの自分を受け入れ、認めるのが難しくなってしまうのです。

 

「一歩踏み出せない」という人の多くは努力家で勉強熱心で、能力もスキルも高い人が多いと思います。

 

おそらく能力やスキルという観点から言うとそれぞれの分野で十分に準備ができている人は多いのではないかと思います。

 

でも、一歩踏み出すのがこわい、と言うのです。

 

やってみないとわからないし、やりながら進んでいくものだよ、と頭でわかってはいても、やっぱり「こわい」のです。

 

でも、何がほんとうに「こわい」のか?

実は本人の自覚がないことも珍しくありません。

 

もう一度聞きますね。

 

何がほんとうに「こわい」の?

「こわい」の正体はなあに?

 

 

一つの理由は、

たいしたことのない自分

思ったよりもできない自分がこわいのです。

 

そして、一生懸命にやったとしてもできない分野があること

に直面するのがこわいのです。

 

でも、そこからがほんとうの始まりなのです。

 

「一生懸命にやったとしてもできない分野があること」とは努力を否定するわけではありません。

 

人にはそれぞれの分野や役割があるということです。

 

人との競争ではなく、ほんとうの自分の強みをみつけることを求められていたり、人生の方向転換を求められてる場合もあるでしょう。

 

または、自分が努力しても人生のすべてをコントロールできるわけではない、という事実を受け入れる、という学びである場合もあるでしょう。

 

かくいう、私も国連時代も含め、とくに新しい分野に挑戦し始めたばかりの時は、まさにこれに直面しました。

 

自分の強みを知っている人

本当の自信がある人

自分の軸がある人

自分の役割・使命を知っている人、は、

 

すごいスキルを持った人でも

完璧な人でもなく

等身大の自分を知っている人です。

 

逆説的に聞こえるかもしれませんが

「ああ、この分野ではとうてい自分はかなわない」

「自分ってたいしたことないな」という事実に直面するからこそ、

 

だからこそ

 

人は死ぬ気で必死になって自分の強みや自分の方向性・使命をみつけだそうとするのです。

 

もし、自分は準備のために多くの時間を費やしてきたけど、

なんか周りをグルグルと周り続けているなあ、と感じている人へ。

 

もしそうだとしたら、前に進むために役に立つ方向性は、

 

自分を守るための「鎧」をさらに増やすのではなく、

そういう「自分」を拒否するのではなく、

そんな自分も丸ごと受け入れることです。🙆🙆🙆

 

グッドニュースは、仮に「自分ってたいしたことなくても」死ぬわけじゃないこと(笑)

 

しかも、実は周りの人はとっくに気づいているし、みんなも同じだから。

 

そして、「たいしたことのない自分」を受け入れた自分って愛らしいのです。

 

「自分はこうでなければいけない」と鎧で覆っている自分よりも「楽チン」なのです。

 

「たいしたことのない自分」ーそれでもあなたは愛されてます!💛💛💛🙆🙆🙆

 

 

沖縄西表島での新プログラム始めました!

沖縄には、人がその人本来の姿でない状態を表わすのに「魂が抜けている」と言うことがあります。

 

人間は、その人の自然な想いや本当の気持ちに繋がるとき、その人本来の力と輝きを取り戻します。

 

自分の人生について改めて考えたい、前に進みたいという時に、普段の環境と切り離されることはとても役に立ちます。

 

普段無意識に感じている「こうでなければならない」という囚われや集合意識、過去の経験から物理的に離れることができるからです。

 

この特別プログラムでは、世界の中でも自然がピュアで、生命エネルギーが高い形で残る沖縄の西表島へ行きます。

 

沖縄・西表島の太陽エネルギーと生きる力に満ちた大自然のエネルギーは、まさにエネルギーは「湧き上がり」、「循環」するものだということを思い出させてくれます。

 

西表島の海や自然に浸る中で、要らないものが浄化され、自然と本来の自分の想いと力とつながる機会があります。

 

ゆったりとしたスケジュールを組みますので、自然の中で自分の本当の気持ちとつながるセッションをしたり、世界有数の透明度を誇る西表島で海に入ったり、シュノーケリングをしたり、海と夕日の見えるテラスでのんびりすることも自由です。

 

いつも忙しいあなたに、ゆっくりと充電をさせてあげてください。自分のこころと身体、魂を十分に満たしてあげてください。

 

詳しい内容や日程は、お一人お一人のニーズやご希望や予算を聞きながら決めていきます。

お気軽にご相談・お問い合わせください!

 

料金:15万円

 

*2泊3日間のリトリート、コーチの航空券と宿泊、石垣島ー西表島間の船代、手配、コーディネート代を含みます。
*航空券(3万円位〜)と宿泊費は実費です。
*お部屋から海のみえるビラを手配・ご紹介いたします。

*海へはお部屋から徒歩3分です。手付かずのプライベートビーチです。
*奥西表島でのシュノーケリング手配します。

*石垣空港集合。空港までお迎えに参ります。

 

神へ三日間踊りと歌をささげる小浜島にルーツを持ち3歳の時から通った大仲千華のオススメ特別プログラムです!

 

記事⇨ 小浜島のおばあの生きる知恵

 

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