「学び」の本質は、能力や知性の問題ではなく、自分のオープンさや恥、失敗への向き合い方の課題(失敗へのおそれへの対処)

2021年は、緊急事態宣言の発令で幕が開けました。

前回の緊急事態宣言の発令から、もうすぐで一年。

気が付けば、わたしたちの生活はすっかり変わってしまいました。

友人たちと一緒におしゃべりをしながら食事を楽しめる日々は戻ってくると思いますが、働き方や価値観が根本的に変わりつつある中で、コロナ前とまったく全く同じ方法とマインドセットで同じことだけを続けていけばいいということにはならないと思います。

誰であっても、なんらかの形でこれまでとは違うやり方を試すこと、新しいことを試す、チャレンジしていく必要性が大なり小なり生まれていると思います。

私の場合には、去年の4月からほぼ強制的に大学の授業が、オンラインに移行することになりました。

当初は、対面の時よりも準備に2-3倍の時間と労力がかかり、大変な面がありましたが、前期と後期を経て、オンライン授業のメリットとオンラインになってから起きたこと、その限界と対面のメリットなど、実際の経験則を含めて、かなり客観的にわかるようになってきました。

対面でやっていることをそのままオンラインに移行するのではなく、オンラインのよい面を活かしながら、学びの質をあげることを目標としましたが、一年間で前期と後期合わせて約120回分の講義を担当したので、やはり回数をこなして分かってくる部分があります。

zoomのブレークアウトルームでディスカッションを成立させる等、「初めての状況」では、新しいことや学びに対して「オープンな姿勢」を持つことが一つの鍵になると思いました。

今、このコロナの時代ほど、学びと成長が求められている時代はないと思います。

学び(learning)の類義語が、discover(発見)、wisdom(知恵)、insight(洞察)、あるいはcultivation(耕作・教養)、culture(文化・文明)、illumination(光を照らす・光をあてる)であるように、学びは広がりを持つものですから、学ぶ姿勢があれば状況がどう変わっていっても、日々学びをみつけ、成長をすることができます。

では、逆に、学びを邪魔してしまうものはな何でしょうか?

勉強に対する苦手意識やトラウマ、学校の先生との過去の関係から学びに積極的になれない、というケースもあるかも知れませんが、それは、勉強と学びの違い、適性や好奇心、自分の好きなことをみつけることの課題、権威(学校、先生、親)との関係の癒しの問題であって、趣味など自分が好きなことを含めた「より広い学び」にはオープンな人はいるでしょう。

ただ、今のようにビジネスパーソンが大なり小なり誰もがこれまでとは違う状況に対処しないといけない、という状況の中で、より本質的な意味での学びを得ようとすることを邪魔してしまうのは、「恥」、「どうしても失敗をしたくないという守りに入る姿勢」、そして、「プライド」だと思います。

つまり、「学び」の本質は、能力や知性の問題ではなく、自分のオープンさや恥、失敗に対する向き合い方(失敗に対するおそれといったマインドセットの課題)とも言えます。

これは私が実際に体験したことですが、英語のスピーチを教える大学での授業で、ある言葉がけを続けることで、失敗に対する恐れが和らぎ、英語力が変わらないのに、学生のスピーチが劇的に変わったことがあります。

その「言葉がけ」とは、「この授業の課題には正解も間違いもありません。スピーチの内容が正しかったかどうかで評価することはありません」という言葉がけでした。そして「誰でも根源的に価値がある」ことを何度も強調するマインドセットへの働きかけでした。

授業に取り組む姿勢は重要です。そして、スピーチの型もある程度合わせて伝えます。同時に、「誰でも根源的に価値がある」ことを何度も強調します。

これは、「自分の価値はどれだけ達成したかで決まる」という思い込みと成果主義の影響が日本ではとても強く、その恐れがパフォーマンスや能力に大きく影響を与える傾向があるためです。そうした囚われから一旦自由になるとパフォーマンスも自然とついてくるのを見た体験が多々あるからです。

教える側が「誰でも根源的に価値がある」という確証に立ち、学生がそれでいいんだ!、と一旦受け取り始めると、人が変わったように顔が変わっていく人もいます。

「正解や間違いはないんだ。なにをしゃべってもいいんだ。」(それでも安全なんだ、それでも自分の価値は変わらないんだ!)と認識すると、学生たちは、それこそ自信を持って活き活きと英語でスピーチをするようになっていきます。

この例からも、学びには、能力や知性、英語力というよりは、考え方やマインドセットが大きく影響することがあり、とくに、失敗への恐れへの対処、そのマインドの変換によって学びの成果が大きく変わり得ることが分かります。

人の根源的な価値は、試験といったある時期だけに受ける狭い限定的な評価基準で左右されることはありません。人の根源的な価値はこれまで達成したことで変わるものではありません。

ぜひこれを読んでくださっている皆さんにもそれを受け取って欲しいと思います。

才能は能力じゃないー才能の語源(talent,gift)が意味する本当に大切なこと

前回、Studying (勉強)と、Learning? (学び)という意味がまったく違うということ、ビジネスパーソンにとっては、学び(発見、知恵)こそが大切だとお伝えしました。

「学び」には新しい発見があります。新しいことを知る喜びがあります。

やはり、人間の中には、成長したい、知りたい、出来るようになりたい、という根源的な欲求があるのだと思います。

人間の持つ根源的な欲求の一つは、自分の適性、性格、才能、強みを知りたい、ということだと言えます。

このご時世の中、生活をしていくだけで、生計をたてるだけで精一杯なのに、「自分の適性や才能を知りたい」なんて贅沢だと思う方もいるかも知れませんが、もしそうだとしたら、才能の意味についての誤解があるからだと思います。

才能と言うと、なにか最初から誰の目にもわかるくらいに秀でている能力といったイメージを持っている人が多いかも知れませんが、才能の語源は、古代ギリシャでタラント(talant)、英語でいうとtalentやgiftです。

タラントという言葉は元々、ギリシャ語で金・銀の重さを示す単位でした。その単位が、一生涯分の賃金に相当する金・銀に値する量であったことから、その人の性格や資質、技量、人生の役割など全てを含めてすべてを活用していくことによって一生の糧を十分に得ることができるように、と「その人にすでに分け与えられている資源」という意味も表しました。

「ギフト」という単語は、神から授けられた贈り物というニュアンスがあります。

つまり、ここから分かることは、才能とは能力だけを指すのではなくより全体的なものであること、誰にでもすでに貴重な資源である才能が分け与えられていること、それは人や社会のために役立つために授けられているものである、ということです。

こうした視点から見てみると、究極的な学びとは、自分がまだ気づいていない才能や強み、資質(性格)、人生の方向性を発見していくこととも言えるかも知れません。その意味で、仕事とは、人とのかかわりや具体的な職務やさまざまな体験を通じてそうした発見や確認を積み重ねていく「場」と言えるかも知れません。

人は一人では自分を知ることができませんし、他者の存在とそうした場があることで発揮される能力というのもあるからです。

また、時には難しいと感じる仕事を通じて自分の中から引き出される能力もあります。私自身も、南スーダンといったチャレンジのある国での職務を通じてこれまではわからなかったような力が引き出されたのを体験しました。

もちろん、仕事は楽しいことばかりではないですし、最初から自分のやりたいことができるというのも稀だと思います。

そんな時には、ぜひ「この仕事を通じて自分について新しく発見したことはなんだろう?」と問いかけてみてください。意外なことで人から褒められることで、自分はこんなことが向いているかもと新しい発見があるかも知れません。

逆にやる気が削がれることを体験しているとしたら、それだけで終わらずに「自分がやる気になる時はどういう時だろう」、「自分がほんとうに望む仕事はなんだろう」と問いかけてみてください。

いつも上手くいっていることが「成功」ではなく、日々発見や学びがあり、自分が自分について知り、成長している人に成功がついてこない訳はありません。

どんな状況であれ、学びの視点があれば、自分についての発見や成長のための視点を得ることができると思います。

ビジネスパーソンに求められるのは「勉強マインド」ではなく「成長マインド」

社会人にとって必要なのは、どちらでしょうか?

Studying (勉強)?またはLearning? (学び)でしょうか?

日本では、一般的に「勉強」と「学び」という言葉が同じような意味として使われていることが多いのですが、実は、この二つの言葉の意味はまったく違います。

勉強と学びのちがいは、英語にしてみるとよくわかります。

勉強は英語では、Study. その類義語としては、examination, investigation, evaluation, inspectionが並びます。

これらは、「試験」や「検査」を表す言葉です。つまり、決まった答えや型があるものに対してその解答が合っているかどうかを調べるといったニュアンスを持つ言葉です。
まさに私たちがが持つ勉強のイメージだと思います。

他方、学びを表すのは、「learning」です。その類義語には、discover(発見)、wisdom(知恵)、insight(洞察)、あるいはcultivation(耕作・教養)、culture(文化・文明)などが含まれます。さらにはilluminationという「光を照らす、光をあてる」といった単語も含まれてきます。

ここから分かるように、勉強は直線的であるのに対して、学びには勉強とはまったく違った広がりがあります。

つまり、いままでわからなかったことがわかるようになったり、経験から生まれる知恵によってできなかったことができるようになったり、自分の経験をもとにあることが自分のなかで腑に落ちるといったふうに、勉強と比べて非常に広い意味を持つものなのです。学びとは、ただ知識を得ることではなく、「発見」や「成長」という意味合いがもっとも近いといえます。

学校教育までは、(本文)「一つの答えがある」問題に対して正しい解答をするのが勉強でしたが、社会人になると、教科書など決まった定型がないなかでも日々試行錯誤をしながら成果を出していくことが求められてきます。ですから、社会人にとっては、「勉強マインド」から「学びマインド」へのシフトが必要になると言えます。

それまでまったく知らなかったことを調べたら楽しかったというような瞬間や経験は誰にでもあると思います。たとえ、すぐに仕事や成果、収入に直結しないとしても、そうした学びの楽しみをやめないで日々もって欲しいと思います。

そうした発見の喜びは学びの醍醐味です。

そして、それらが将来どのように役立ってくるかは誰にもわからないからです。

実際、こうした楽しみや学びの中でこそ、自分の資質(personality)や強みや才能を知るということがあります。

才能と言うと、なにか最初から誰の目にもわかるくらいに秀でている能力といったイメージを持っている人が多いかも知れませんが、才能の語源は、古代ギリシャでタラント(talant)、英語でいうと「talent」や「gift」です。

この意味は。。。

次回に続く。

こういう時だからこそよい種を蒔き100倍の収穫を得る

新年明けましておめでとうございます!

A Happy New Blessed Year!!!✨✨✨

本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

皆さんにとって祝福にあふれた素晴らしい年でありますようにお祈り申し上げます。

さて、昨年4月日本で初めての非常事態宣言が出される頃、アメリカでも COVID-19(コロナウイルス)が猛威を奮い始めていた頃に、米カルフォルニア州在住のBill Johnson氏から聞いた話を年頭に改めて思い出しています。

コロナが始まり、いろんなことが言われ始めてから、彼が調べて気づいたこと。

まず、大恐慌の後のアメリカでは100倍の億万長者が生まれたということでした。

そのポイントは、その一見暗い困難な時期に種を蒔いた人たちがいた、ということでした。

そして、彼は飢饉や大災害に打ち勝った人はどう行動したと、聖書では書かれているかを合わせて紹介してくれました。

聖書には、何回も疫病や飢饉の話しが出てきますが、その中の一つ創世記より。

イサクがが住んでいたところ(ゲラルの地)に飢饉が襲った。イサクはエジプト(富や娯楽の地の象徴)へ逃げようかと思ったが、エジプトへ行かずここに留まるように神に言われた。その地には彼が恐れていたものがあったが、そこから逃げるなと言われたようだった。そして、彼は逃げずに「イサクはその地に種をまいて、その年に百倍収穫を得た。主が彼を祝福してくださったからである。こうして、この人は彼は富み、ますます栄えて、非常に裕福になった。」創世記26:12-13より

‘And Isaac sowed in that land and reaped in the same year a hundredfold. The LORD blessed him, and the man became rich, and gained more and more until he became very wealthy.’(Genesis 26:12-13) 

私はこの話に勇気づけられ、去年4月に非常事態宣言が出るとなった時に「私もこういう時だからこそよい種を蒔こう」と思っていたら、その数日後に編集者さんから電話がかかってきました。彼に開口一番、「今こそあの本を出しましょう」と言われ、数年間原稿のままだったものがあっという間に書籍となって次の月には本屋に並んだのでした。本当の話しです。今改めてこの話しを思い出しています。

新しい年の始まり。今年や来年の状況や展望がすぐに先が見えなくても、仮に予期せぬことが起きたとしても、その状況に関わらず、よい種を蒔き続ける人には大きな収穫があるということー

これを今お伝えしたかったのでした!

私の場合には、昨年5月末に本を出版してから、朝日新聞の書評、雑誌anan(マガジンハウス)、日経ビジネス(雑誌)、東洋経済(雑誌)、Study Hucks等で取り上げられ、取材をいただきました。

「こういう時だからこそよい種を蒔こう」という気持ちが始まりだったかも知れません。

チャレンジの多い状況ではありますが、目の前のことに忠実に誠実に取り組む人にはサポートも恵みもいつにも増して注がれていることも実感しています。

忠実に一歩一歩着実に歩んでいきましょう。

May your 2021 be filled with JOY, PEACE and HAPPINESS!!!

ビルジョンソン氏の本、「励ます力」お勧めです!

毎日留学ナビ「グローバルキャリア塾」にて、『留学と国連-世界8カ国で学んだブレずに自分の軸で生きる力』というテーマにて、コラムの連載しています。留学が一つの切り口ですが、初めての土地での出会いをきっかけにどうやって人生やキャリアが導かれていったのかーという視点で書いています。今の時代にも活きるヒントがあると思います。ご覧いただけましたら幸いです。

第1回:あなたの自信と力を一歩引き上げてくれるマインドセットの力

https://ryugaku.myedu.jp/edit/chikaonaka/index.html

第2回:私高校三年生だけどこれでいいの??ー揺さぶられる「自分」

https://ryugaku.myedu.jp/edit/chikaonaka/2.html

第3回:「何者でもない自分」から生まれた新しい原動力

https://ryugaku.myedu.jp/edit/chikaonaka/3.html

第4回:答えは一つではない時代のオックスフォード式自分の頭で考える力

https://ryugaku.myedu.jp/edit/chikaonaka/4.html

第5回:その人の人生を導いてくれる「なぜ」の力

https://ryugaku.myedu.jp/edit/chikaonaka/5.html

第6回:最初はまったく高尚じゃなくていい。「楽しい」から始まった出会いと導き

https://ryugaku.myedu.jp/edit/chikaonaka/6.html

May protection, peace and wisdom be with you in coming years ahead!✨✨✨

いつもと違う2020年の夏だからこそお勧めの映画、本と博物館

この数日とくに暑い日々が続きますが、みなさんお元気でしょうか?

 

2020年の夏。。。

 

この5月にイタリアの芥川賞とも言われる「ストレーガ賞」を受賞したこともあるイタリア人作家のパオロ・ジョルダーノさんによって「コロナの時代の僕ら」という本が出版されました。

 

世界でも最多の死者数を出した国の一つであるイタリアで、コロナ禍の最中にいながら感じたことが綴られています。

 

その中でも印象に残ったのがこの一言。

 

「今思っていること、感じていることも日常が戻ればすぐに忘れてしまうだろう。」

 

きっと、この著者が言う通り、忙しい現代人の多くは、コロナが終われば、あれは何だったのか?と考える暇もなく、あっという間に忘れてしまうことでしょう。

 

でも、そうさせないかのように、このウイルスは、私たちの生活やライフスタイル、価値観を確実にじわじわと変えているのです。

 

だとすると、「どこにも行けない夏」と嘆くことも簡単ですが、それだけで終わってしまうのはやはり何かとても「もったいない」気がします。

 

そして、これまでとは違う夏であるというのもその通りですが、その「意味」というのも自分で見つけていくもののような気がします。

 

そんな特別な夏だからこそ、このような時代を生きるためのヒントとなって、かつ、この時期を有意義に過ごすための、お勧めの映画、本と博物館を紹介させていただきたいと思いました。

 

① 映画『ドリーム』(原題:Hidden Figures)

まだパソコンがなかった時代に、NASAが米国人宇宙飛行士を宇宙へ送り込むためにはある計算式が必要でしたが、当時は、人が紙に書いた計算式を使っていました。

 

その計算は、宇宙飛行士が宇宙圏へ突入する角度を決めるもので、0.01ミリ単位の違いでも人命を失うことにもなる程に重要な計算でしたが、その計算式は非常に難解で、全米から優秀な人材が集められていたNASAでさえ、誰も最後の解を導きだせず頭を悩ませていました。

 

皆が頭を抱える中でその数式を唯一解くことができたのは、ある一人の黒人女性でした。黒人女性であったがゆえに、最近までその事実さえ知られることがありませんでしたが、2016年に彼女の業績が映画化され、その事実が注目されることになりました。

 

映画としても爽やかな励まされる内容です。Black Lives Matterを理解するためにも、歴史的背景を理解するのに役立ちます。

 

https://www.afpbb.com/articles/-/3290258

 

② 本「自分の軸で生きる練習

著者の国連やオックスフォードでの体験等を踏まえ、日々の仕事の中で何を意識し、何を大切にしながら、どのように自分の使命や方向性、ギフトを発見していくのかというヒントをいろいろな国での体験談やエピソードを交え紹介しています。多国籍チームでの体験を踏まえた異文化理解や異文化コミュニケーションのための具体的なヒントが多々あるので、国際的なグローバルな環境で働きたい人にもお勧めです。

 

しかし、この本の価値は今のようなウイルス騒ぎで不安や新しいチャレンジや変化が生まれている今のような時にこそあると思います。

 

「本書では他人や世間に流されず思考するヒントが綴られる。印象的なのは南スーダンでの経験とコロナ自粛の日々を重ねたエピソードだ。『危機の時こそ、その人の強みや本質』『本当に表現したいことが現れる』『一見小さいことに見えても小さい事は役に立つ』『小さいことに励まされる人がたくさんいると言うことを忘れないで』迷いながら生きる人の背中を力強く押してくれる。」

朝日新聞朝刊 (2020年6月20日)より

 

「私たちが知らず知らずにつかんでしまう、完璧主義の罠、恐れや迷いに、大胆に愛のパンチを与えてくれる一冊(!) 速攻性のある気付きだけでなく、後からボディーブローのようにジワジワ気付きを与え続けてくれる深みを持つ。重荷をかるくして現在だけでなく、過去、未来を明るく照らして背中をおしてくれる。何度も読みたくなる永久保存版」(読者感想より)✨

 

新聞社書評サイト ビジネス書セレクト「好日好書

自分の軸を持ち、自分の意思で決断することは、幸せに生きる第一歩なのだ

 

💡「自分の軸で生きる練習 ~ オックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法」(大和書房)💡

 

③ Sempo Museum

日本では長年無名でしたが、海外で有名な日本人がいます。その内の一人は、ホロコーストの際にユダヤ人を全滅から救ったSempo=杉原千畝(スギハラチウネ)です。

 

彼が発行したビザのおかげで自身の命が救われたというユダヤ人は6千人にもわたると言われています。その6千人から今では3代目になり、その6千人の3代目の(孫たち)が25万人にも及ぶそうです。

 

日本ではあまり知られていませんが、アメリカから、世界中からわざわざ日本へやってきて、東京駅近くの杉原千畝の記念館に足を運ぶ人たちがいます。自分の命を救ってくれた杉原千畝という人のこと(または、そのような時の心構え)を家族や孫に知らせておこうと、自分の娘や息子、孫を連れて、この東京駅近くの小さなSempo Museumにやってきて、当時の写真を指を差して熱心に教えているのです。

 

けっして大きなスペースではありませんが、もしそんな彼ら(ユダヤ人)の姿に触れることができたら、この歴史上の出来事がけっして教科書の一文として終わることはないでしょう。

 

第二次世界大戦の最中、ユダヤ人虐殺が始まった時に、一人の外交官であった杉原千畝はどのような気持ちで、どのような葛藤を抱えながら、ユダヤ人にビザを発行するという決断にいたったのか?

 

ーそんな心境を伺い知ることのできる当時の貴重な直筆の日記などがおかれてあります。その日記などを丁寧に辿っていくと、歴史上の出来事が一人の人間の人生を通じてより身近に感じることでしょう。

 

そして、日本との接点も発見するでしょう。何千人ものユダヤ人が福井県敦賀港に命からがら到着した後、彼らがさらにそこから米国や世界各地へ再び船で出航できるように支援したたくさんの日本人がいたこと(ホーリネス教会など)も知られています。

 

そのようにして米国に渡った人の中には、のちに起業家として大きな成功を収めた人たちも多くいますが、今でもその時の感謝の想いを胸に日本を訪れる人がいて、世界のどこにいても、その時に助けられたことを決して忘れず覚えているそうです。

 

8/1より特別展が開かれています。Sempo Museumお勧めです!

 

http://sempomuseum.com/

 

📧 Peace Blossomメールマガジン (無料) 📩
新しい記事や大仲千華が開催する講座等についてお伝えしています。

「自分の軸で生きる練習ーオックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法」上梓のお知らせ

さて、この度大和書房より「自分の軸で生きる練習~オックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法」を上梓させていただきましたのでお知らせさせていただきます。

 

https://www.amazon.co.jp/自分の軸で生きる練習~オックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法-大仲千華-ebook/dp/B088ZR7FB8/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1&keywords=自分の軸&qid=1591106362&sr=8-1

 

2016年よりクーリエジャポン(講談社)で「答えを求めない勇気」を連載をさせていただいてから、今思えば変化の時代(不確実性の高い時代)の兆候がすでに始まり、そのための考え方やメンタリティーを考え、文字にするということが当時からすでに始まっていたのだと今思い始めています。

 

当時連載させていただいたものも再構成されてこの本に再編されていますが、この時代になって全体像ができ内容がより活きていると感じています。そういう意味でも、このテーマで刊行するには今がベストタイミングだったようです。

 

個人的には、南スーダンという国を体験させてもらった者として、南スーダンでの日々から学んだことを還元する手段の一つとして、ようやく一つの形にすることができ(変な言い方かも知れませんが)、少しホッとしています。

 

今回、コロナやそれに関連することでいろいろな意味で揺さぶりが起きていますが、南スーダンという国は、私にとって(そこを訪れるほとんどの外国人にとって)まさに人を揺さぶる国でした。

 

人の生死を目の前にして(目の前で人が死んでいくという意味ではありませんが、死がより身近にある環境において)、やはりいろいろなものを突きつけられます。

 

それこそが今思えば、とても豊かな大きな恵みであったと感じています。

 

南スーダン後は、コーチングに携わり、大学で教え、若い人たちに触れることも多いので、学校や試験といった一部分での評価基準だけで自分を評価しないで欲しい、もっと全体的に自分の価値を捉えて欲しいという願いも含まれています。

 

直接的には、南スーダンについて書いているわけではありませんが、南スーダンでの熱い格闘の日々?!から得たものが、手に取る人になんらかの形で伝わるのではないか思っています。

 

「これまで生きてきたことに対する答えらしきものがみつかって一人で興奮しました。」

「本なのになぜか大仲さんのパワーが伝わってきて不思議でした。」

「清々しい読了感を感じています。」

「子どもに読ませたいです。古本屋には回せないだろうなと思っています。」等、励まされたという感想をいただいています。感謝です。

 

自分の軸で生きる練習pic

 

以下紹介です。

 

私たちは今「答えのない時代」を生きています。国際情勢から為替の変動、未知のウイルスなど、一つ一つの出来事が複雑に影響し合い、思わぬ方向に発展するような事態も発生しています。このような状況においては、すべての問題を解決できる唯一無二の答えは存在しません。

 

では、「答えのない時代」を生きる私たちにとって大切になるのはどのようなことでしょうか?その一つは、現状と課題を理解するための視点と、さらに、自分にとって必要な答えを導き出すための考えるステップ(思考プロセス)を修得し、そのためのメンタリティーを身につけることです。

 

一見複雑に見える現象や新しいテーマであっても、自ら調べ、一つ一つ分かる範囲が増えていき、自分の中での理解が深まっていくにつれ、これまでは分からなかったことが確実にわかるようになっていきます。

 

自ら答えを導き出し、「わかっていく」体験は、確実に自信となり、人生においても大きな力となってくれることでしょう。(第1章自分の頭で考えるより)

 

全ての状況が今すぐ解明、解決されるわけでもなく、仮に、動きたくても今すぐに動けるような状況ではない、というようなもどかしい状況であったとしても、⭕️⭕️⭕️の3つがわかっていれば、日々の情報や外部の状況に圧倒されることなく、より落ち着いて考え、判断をすることができるようになるはずです。(第1章自分の頭で考える p.58)

 

がんばってものすごい努力をして倍率5,000倍から10,000倍の倍率を勝ち取る道もあるのだろうけれども、⭕️⭕️によって、拓ける道があるのです。(第2章ブレない自信をつかみとる p.133-134より)

 

世の中には競争は選考というものが存在します。適材を見極めるための方法や選ぶ過程自体がまったく完璧でない場合もあります。自分が選ばれる場合もあれば選ばれない場合もあります。自分のメンタルやパフォーマンスのためにも、⭕️⭕️が自分のためになることがあります。(第2章ブレない自信をつかみとる p.143より)

 

強みや能力というと、学校教育の影響を受けた私たちの中には大きな誤解があって、学校教育や試験というたった一つの狭い指標で自分の能力を判断しがちです。

 

ただ、その人の独自性、人生の方向性、目的というのは、その人の経験や視点、感じ方など全てを含めたより全体的なものです。その中でも「資源」となるのは⭕️⭕️です。(第3章 決める力を養う p.174-175より)

 

自分の軸で生きる練習pic

 

自分の軸で生きる練習~オックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法

今一番「もったいない」ことはただ過ぎ去るのを待って過ごすことーこの時期が明けたら動くために今出来ること❗️

今週より大学でのオンライン授業が始まって、わたしも身近に今始まっている「変化の時代」を少しばかり感じています。

 

新しいシステム上で、授業を進めたり、複数のシステムやアプリに慣れなければいけないことはストレスに感じますが、自分が与えているものの本質を確認することになったり、また教員にとっても学生にとっても、より本質的な学びに目を向けられるよい機会にもなると感じています。

 

こんな時期だからこそ逆に伸びる学生がいるように感じます。

 

個人的には、今まで止まっていた事が、逆にこの時期にだからこそ動き出していることもあります。こんな時期だからこそ、自分の方向性を明確に意思表示する人に対しては、いつもにも増して恵みとサポートがあるようにも感じます。

 

今年初めに聞いた2020の年に関するあるメッセージの中で、「リセット」ということが言われていました。

 

今、このような状況になってみて、まさにそのメッセージ通りに、「リセット」が起きていることを目の当たりにしています。

 

この場合の「リセット」とは、ある意味「なんとなく」やってきたことや、なんとなく続けてきたやり方が続けられなくなってきた、とでも言えるでしょうか。

 

大学を例にして言えば、授業や教務の運営で、紙を使ってやってきたものも、今回を機にいろいろなフローの見直しにも繋がっていくと思います。だって、オンラインでやらざるを得なくなって、実際になんとかなっているのですから。

 

また教える側も講義さえすれば授業をしたつもりにもなり、また学生にしても講義を聞いてさえいれば、何かを学んでいる気持ちになっていた面があったかも知れません。

 

しかし、この状況になって、いったい私は何を学んでいるのか?学びが進んでいるとはどういう事を指すのか?さらには、わたしはどんな学びに興味があるのか?ーというように、より学びの質に目が向けられていくことにもなるでしょう。

 

さらには、わたしはどのようなことを大切にして生きていきたいのか?どのような価値を大切にしたいのか?ーという風に、自己理解を深め、自分にとっての本質により目を向けていく人たちもいると思います。

 

個人レベルだけでなく、国や社会、制度レベルにおいても、特にこの最近の「場当たり的」な政策も含め、なんらかの形でやはり「リセット」がもたらされるのではないか?とも感じます。

 

今までのやり方が変わる過程ではストレスを感じることはありますが、よい方向へ向かっていくための一つのプロセスであるとも言えます。

 

目の前のやり方や手段は変わっていくことがあっても、自分が向いている向きがはっきりとしていたら、そのストレスは軽くて済むことでしょう。

 

となると、このBefore/Afterコロナの中間期にいる今の時期は、とても重要な時期だと言えます。

 

著書「励ます力」の著者であり、その世界的な働きと影響力の大きさで、今最も注目される一人であるBill Johnsonは、この時期にこそ「種を蒔く人は100倍の収穫を得る」と言っています。

 

種を蒔くとは、例えばこのようなことです。

*今何に投資すべきか?⇨自分の将来

*今だからこそ「投資」をするとき=種を蒔き100倍の収穫を得る

*実際面でも賢く今投資するものを見極める

*よい種を蒔いて、良いものを収穫する

*その種は今食することのできる食べ物でもあるが、その種を投資に回す(代価を払って収穫を得る)

*安易で手身近いなものではなく、必要な労苦を惜しまないこと。

*自分に投資したものは無くならない。

*自分の仕事に関する本を読む。

*これからのビジョンを求める。

*知恵を求める。

*自分が大切にしたい価値を確認する。

*自分の目指す方向性を確認する。

 

この時期にこそ、自分の人生の方向性を確認することができたら、それこそ、今の時期にできる最高の投資であり、大きな恵みだと思います。

 

生産的な「振り返り」(reflection)も重要です。

 

過去にとらわれる必要はありませんが、過去の未完了が整理されると新しいものを招き入れるスペースが生まれ、自然に未来に向かって動いていくことができます。

 

なにより、過去の経験からの「学び」や「気づき」、「洞察」などの振り返りが「資源」となって、未来への方向性を指し示してくれます。もし、これまでの自分の体験を体系的に振り返ったこと(reflection)がないのであれば、その体験を振り返り、これまでの体験でなんとなく曖昧になっているものがあれば、その部分を完了させることにぜひ取り組んでください。

 

そのような作業を続けていく内に、過去と現在と未来が一つの線で繋がっていくような、「点」と「点」が「線」になっていくのを少しづつでも掴んでいくことができたら理想的です。

 

自分の方向性がある程度はっきりとしていて、この時期が開けた時には(しばらく移行期があるように思いますが)、自分の中でより確信をもって、その方向へ歩み出すことができたらベストだと思います。

 

今一番「もったいない」ことは、この時期をただ過ぎ去るのを待って過ごすことです。本当に、それではあまりにも「もったいない」です。

 

今この時を大切にして、今こそ、自分の未来に、自分の人生に、自分のビジョンにこそ投資をしてください。

 

オンラインでのセッションを受け付けています。お気軽にご連絡ください。

https://chikaonaka.com/coaching/

info(at)peace blossom.net

 

自分の軸で生きる練習ーオックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法

2020年5月27日に刊行となりました!

自分の軸で生きる練習ーオックスフォード・国連で学んだ答えのない時代の思考法

外出禁止がほぼ一年のような環境でー危機が押し出す「和解」

前回、危機の時にこそ、その人の強みや本質、その人が本当に表現したいことが現れるのではないか?ということをお伝えしました。

 

*記事⇨危機の時にこそ、その人の強みや本質、その人が本当に表現したいことが現れるということ

 

また、「危機」が押し出す「和解」ということもあります。

 

今のコロナ危機の中で、もちろん大変なことは今世界中にいくらでもありますが、危機という中での光るニュースというのもあります。

 

今回は、「危機」が押し出す「和解」という視点から、先に南スーダンでの体験を、そして今のコロナ危機での「和解」についてお伝えしたいと思います。

 

175カ国の人たちが一緒に働く国連という場。この中には対戦中の国の人たちもいます。

 

ニューヨーク本部だったら、仮にその人たちが同じ部署で一緒に働くことになったとしても数時間ほど我慢すれば、いくらでもその後は自分が好きなところへ行くことができます。

 

しかし、南スーダンではそのような街もカフェもお店もありません。

 

外に出れないわけではありませんが、3分も車を走ったら、舗装の道は終わり、そもそもお店がないので、実質的には、ほぼ一年間くらい(人によっては2年〜4年くらい)、外出自粛に近い状態とも言えるでしょうか。

 

敷地内はそれなりの距離をジョギングできる程度の広さはあります。4畳くらいの広さですが、自分の部屋もあります。

 

ですから、あえて表現するならば、ある程度の広い敷地の中で、自分の家族ではなく、175カ国の同僚たちと一緒に過ごすことになった長めの外出自粛生活と表現したらいいでしょうか。

 

そのような中で、実際にこのような状況がありました。

 

インド人の軍人とパキスタン人の軍人が国連機の運営という同じ部署に配置されました。

 

軍人という職業の人たちには、防衛に直接関わる立場として、私たちが想像できない位の制約があります。

 

例えば、「敵国」であるお互いの国に渡航することはもちろん、互いに接触することも厳しく禁止されています。正式に軍人をやめても、一生インドを訪ねること、また一生パキスタンを訪ねることも許されていません。

 

ただ、国連という彼らが派遣された新しい所属先では、自分の国の立場ではなく国連の一員として仕えることになります。

 

幸い、二人ともプロ意識が高い人だったので、互いに助け合いながら毎日テキパキと国連機を飛ばし、何百人という国連関係者や物資を南スーダン各地に送り出していました。

 

二人とも家族や母国から離れる寂しさや苦労があったでしょうから、互いの「違う点」よりも、「同じ点」に目が向いたのかも知れません。

 

気づけば、二人で仲良く一緒にチャパティー(インドやパキスタンでの主食)を焼きながら、よく一緒に食事をしていました。

 

彼らは平気な顔でしれっと言っていました。

 

「ああ、カシミールは寒かった。そういえば、あの時の銃撃には驚いたよ。敵ながらあっぱれと思ったよ。ハハハー。」

 

「まあ、ヒンドユー語とウルドユー語なんてほとんど同じなようなものだよ。チャパティーの味だって一緒だよ。」

 

「戦争をあおるのは結局政治家さ。僕は軍人として命令されたところに行くだけさ。」

 

パキスタンとインドも互いに核武装をする程の敵国で、かなり緊張状態が高まったことが数回ありましたが、けっきょく、同じ言葉を話し、同じ食事をする同じ文化圏に属する人たちなのです。

 

私はチャパティーをごちそうになりながら、二人の会話をただ聞きながら、なんだか妙に納得してしまったのでした。

 

政治や人間のプライドやエゴで、人と人や国との間の分断がいかにも簡単に起きてしまうようにも見える一方で、同じくらいに人間の中には元に戻りたい(繋がりたい)というDNAのようなものがあって、危機という現象の中に現れる恵みの中で、私たちが自分の中にある純粋な気持ちや願いを取り戻し、人間のそんな姿を見せてもらうことがあると。

 

今回のコロナ危機では、イスラエルのユダヤ系の人とアラブ系の救急隊員が共に懸命に職務を行っていることを現している写真が話題になっています。

 

イスラエルでは、救急車への出動要請は通常年間6000件のところ、コロナ危機以降10万件を超える状況だそうです。そのような嵐のような忙しさの中、奇跡のようにある瞬間に要請が止み、共に祈る時間が与えられたそうです。

 

それぞれの神にその方向を向いて祈りました。そして、こう語りました。

(逆を向いている写真ですが、逆を向きながら一致しているのです!)

 

「対処すべきことがあまりにも多く、一人一人祈る時間がないので今は一緒に祈っています。… わたし(イスラム系)は家族のことを祈っています。わたし(ユダヤ系)はこの終わりを見せてくださいと祈っています。この病気では宗教も性別も関係ないです。」

 

このような状況の中で私たちは日々いろいろなことを感じています。フラストレーションを感じることもあれば、ちょっと前までは当たり前だったことに感謝が湧くような体験もしています。

 

だからこそ、このような時にこそ、「急げば回れ」ではないですが、大切なことを大切にして、そして、(家にいながら静かな時間が持てないという人も多いとは思いますが)、なんとかして、ゆっくりとした時間をとって改めて方向性・ビジョンを求めるというというのは一つの知恵であると思います。

 

神様、危機の時だけでなく、大切な目的に目を向けることができるための知恵を私たちに与えてください。そのような気持ちを保てるように私たちを支えてください。

 

私たちの中の要らないものをそぎ落とし、私たちの中の純粋な願いを取り戻させてください!

 

イスラエル

 

参考サイト:

https://mtolive.net/ガザ製マスクを買うイスラエル:コロナ効果?-2020-3-31/

⬇️ ニューヨークタイムズ記事

 

危機の時にこそ、その人の強みや本質、その人が本当に表現したいことが現れる!

今回のコロナウイルスの件を見ていると、南スーダンで働いていた時に、やはり外に出れない(外に出れても、40年間続いた内戦が終わったばかりで、実質的に外に行くところがない)というストレスのかかる環境におかれながら、どうやってストレスを乗り越えていったのかということを思い出してみると、そのような危機の中でこそ、その人の本質・強みが現れるのではないか?ということを思います。

 

当事南スーダンで働いていた時には、どのような状況であったかと言うと、差し迫った紛争の再発や物理的な危機はないものの、夕方7時には無線での点呼、夜間は10時までの帰宅が求められ、停戦直後は当初はお店というものがほとんどなく、必需品は国連の構内の売店で購入して、自炊をするという生活でした。その間でも、国境沿い等で武力衝突が起き、物流が寸断され、売店から突然水がなくなるというようなことが頻繁に起こっていました。

 

また、ある時には、紛争当事者間の溝が不信感と共にエスカレートとして、双方ともに和平合意から撤退し全面衝突に入る、という姿勢を互いに譲らない程にまで緊張が高まり、夜の外出禁止が8時に早められ、パスポートの常時携帯といざという時にバッグ一つで出国できるように避難用バックを用意しておくようにという、指示が出された時もありました。

 

そのような可能性があることはある程度は承知の上であっても、それでも、そのようなことが一日二日ならまだしも、外に息抜きできる環境がない(お店やリクリエーションがほとんどないので)ので、自分の住居(といっても4畳半くらいの空間)にいるしかない、というのはやはり大きなストレスでした。

 

私にとっては、自分のお気に入りの音楽を聴きながらひたすらウォーキングと軽いジョギングをすることが一番のストレス解消法でしたが、他には、ひたすら筋トレに励む人がいたり、そんな環境だからこそ誰でも参加できるエクササイズ教室を始めて、みんなから感謝される人もいました。また、ポルトガルの人たち人達はギター一つで次から次へと歌を披露して、どんな環境でも楽しんでしまうラテンの精神はすごいなと思ったものでした。

 

今回のコロナウイルスの際にも、似たようなことが起きていると思います。

 

外出禁止だから運動不足になってはいけないとラジオ体操を送ってくれる人、笑える動画を送ってくれた人、統計資料をつくり自ら今の状況を客観的に示してくれる人、ニューヨークなど先に感染が広がっている都市の例から、これから東京では何を準備しないといけないかを発信している人、お菓子の写真を送ってくれる人、免疫力を高めるための食材や食事を紹介してくれた人、家にいる時間が長いから食事に工夫を凝らす人、経済という分野で周りに知恵を貸す人、今後の方向性を示そうとする人、人を励まそうとする人、医療従事者の資材が足りないと聞いて、目からの感染を防ぐためのシールドというものを3Dプリンターでつくった7歳の男の子、マスクが足りないということに対して手作りマスクを作って寄付したという女の子。

 

FBやYoutube、ニュース配信の中にも、そのような想いに溢れた発信がありました。

 

きっともっともっとあると思います。

 

ありとあらゆる情報が溢れる中で、情報を吟味をしないといけない必要性はありますが、今回の件では、個人発信の情報が、公式発表を待つマスメディアよりもかなり先行する形で発信され、後手に回る政府発表を補う形で作用している点が今回かなり際立っているように思います。

 

「平時」の時には、何をしなくても済んでいても、こういう危機の時にこそ、その人の強みや本質、その人が本当に表現したいことが現れるのではないかと思います。

 

いわば、危機の時にこそ発揮される力とでも言えるでしょうか。

 

ぜひ、そういうアイデアや思いは続けて欲しいと思います。

 

なにしろ、私はリンクを送ってもらったラジオ体操を始めて今日で4日目。とても助かっています!自分では気づかなかったものだと思いました😊

 

強みや才能というとすごい立派なものを思う人がいるかも知れません。

 

でも、その人にしか気がつかない点というのがあるのだと思います。

 

一見小さいことに見えるかも知れないけれども、こんな時にはその小さいなことがとても役立つということ、励まされるということが大いにあると思います。

 

これがどう仕事につながるのか、これは「趣味」だから、などと勝手に自分で決めつけたりしないでください。

 

一つ一つの表現を大切にしていきたいです。

時代が大きく変化している時こそ「自分で決める力」ー自分で考え、決めるための10の質問

今、時代が大きく変化しています。

 

時代が大きく変化している時に大切なことの一つは、自分で考えて、自分で決めて、自分で判断できることだと思います。

 

とくに何かを決めるときに、そのステップを知っていることは大きな武器です。

 

何をどの順番で考えていったらいいのかというのは、意思決定(decision-making process)と呼ばれ、誰でも学び身に付けることができます。

 

 

何かを決める際に、何をどう考えていけばいいのかについては、効果的に「考えるため」の型と順番があります。

 

今度、大学で意思決定について教えることになったので、ここでも紹介させていただきたいと思いました。

 

 

クラスでは、累計発行部数5000万部突破のスペンサー・ジョンソンが「1分間意思決定」で紹介しているシンプルで、本質的な「決断の技術」をを分かりやすくまとめ、質問形式で実習を含めて伝えていきます。

 

1分間意思決定

 

 

1分間意思決定」には、次のような課題意識が書かれています。

 

・事実を見ようとしていない中での判断は危険。

・幻想を捨て、現実を認識すること。

・早く真実と向き合うことで、早く判断を下すことができる。

・冷静に頭を働かせれば必要な事がわかり自分に正直になればより良い判断が下せるようになる。

・自分のしたいことが優先で本当に必要なことがおざなりにされている。

 

具体的には、以下の通りです。

 

1、どういう結果を望んでいるか?ゴール、自分にとって理想の状態は何か

2、その結果・状態を実現するためには、どんな選択肢がありえるのか?

3、今どんな情報があるか?何がわかっていて何がわかっていないのか?

4、それはどこに行ったらわかるのか?誰に聞いたらわかるのか?

5、もしこの決断を実行に移したらどうなるのか?選択肢①②③…の場合

6、一番おそれている結果は何か?一番最善な結果は何か?

7、自分に正直になっているか?それは本当のこころの声か?

8、直観を信じているか?決めるときにどんな気分がしているか?

9、本当に大切なことに応えているか?

10、自分の価値を信じているか?信じていたら何をするか?

 

ここでの一つの特徴は、「実際的な質問」と「内面の質問」を両方持つ必要があるとされていることです。

 

これまで何度も「もう駄目か」という時期を体験してきながらも乗り越えてきたある女性経営者の方のお話しを聞いたことがあります。その「どん底」の時期をどうやって乗り越えたのですか?という質問に対して、彼女の答えは、ともかくできること、可能なことを全部書き出して、一つ一つに対して不安や心配に思っていることをノートにともかく書き出した、というものでした。そうしたノートはもう何冊にもなるそうです。

 

彼女は、こうした意思決定のための質問を「がむしゃら」の中で自然とやっていたようですが、彼女のお話しからも、上記の2の「その結果・状態を実現するためには、どんな選択肢がありえるのか?」ということを徹底的にやってきたということ、そしてそれが大切だということがわかります。

 

これら全ては、シンプルに聞こえますが、非常にパワフルな質問です。