二人以上の力が合わさって起こる「奇跡」ー奇跡は愛の表現として自然に起こります。それが起こらないときは、何かが間違っています

先日、「奇跡は愛の表現として自然に起こります。

 

それが起こらないときは、何かが間違っています」ということをお伝えしました。

 

「奇跡に難しさの順序はありません。

ある奇跡が他の奇跡よりも「難しい」とか「大きい」ということはありません。

愛の表現は全て最高のものです。

 

愛によって生ずるあらゆるものが奇跡です。

 

 

奇跡はごく自然に起こることです。

それが起こらないときは、何かが間違っています。

奇跡は誰もが持つ権利ですが、ます清めが必要です。」

 

「奇跡のコース(A Course in Miracles: ACIM)」より

 

 

「奇跡」というと、いかにも驚くようなすごいことだと想像するかも知れませんが、奇跡はあれゆるレベルで、そして、日常の一見小さいことにもたくさんあります。

 

そして、一人にもたらされる大きな奇跡もありますが、二人以上が同じ方向に心を合わせることによって起こる奇跡もあります。

 

今日は二人以上の力が合わさって起こる「奇跡」について少しお話ししたいと思います。

 

8カ国計12年の海外勤務・生活でのわたしにとっての宝物のような「奇跡」の一つは、海外でできた親友との関係を通じて起きた数々の体験です。

 

その内の一人は大学二年生の時の交換留学先の香港で二人用の部屋をシェアした時のルームメートのメイさんです。

 

彼女は1970年代に中国の海南島に生まれました。

 

両親が文化大革命で糾弾されることになり、必死の思いで12歳の時に両親と兄弟と共に香港に渡ります。

 

不法移民だったので、レストランでウェイトレスをしながら中学校に通います。

 

早い段階で英語教育に触れるの同級生の中で、最初は英語ができず苦労したそうです。田舎者だと笑われたこともあったそうです。

 

ただ、努力家の性格が幸いし、高校と大学と奨学金をもらい、香港の名門の一つ香港中文大学に入学します。

 

そこでの最終年、今までやったことをないことをやってみようと思い、「交換留学生をルームメートにしよう」プログラムに応募して、日本人のルームメート(ワタシ)と一年間を過ごすことになります。

 

最初に会った時から気があって、小さい寮の部屋でよく夜遅くまでおしゃべりしました。

 

寮の屋上でビールを飲んだり、飲茶をしたり、マージャンをしたこともありました

(彼らはとても強いです!)。

 

バーに行くのもたまに付き合ってくれて一緒に行きました。

 

わたしは当時はタバコを吸っていたので、そう言えばたまに怒られたと思います

(≧∇≦)

 

彼女の誕生日に彼女の両親のアパートに呼ばれたのでケーキを持参していったのですが、家にはフォークとスプーンがなくて、ぼろぼろのお箸しでケーキを食べたのを覚えています。

 

(家でケーキというものを食べたことがなかったそうです。)

 

香港での生活が始まってしばらくして、尖閣諸島に日本の右翼が船を乗り付ける事件が起きました。

 

新聞一面そのニュースで持ちきりで、香港の大学生ってガリ勉タイプの子たちが多いのに、寮の周りの友だち達が全員反日デモに参加して帰ってきた日がありました。

 

嫌がらせをうけるようなことは全くなかったけれど、突然空気がピリピリし始めました。

 

私は「Chika」という個人から「日本人」として見られはじめ、すごく肩身のせまい思いをした期間がありました。

 

とても口にだせる雰囲気じゃなかったのだけど、腑に落ちなくて、メイさんに言いました。

 

「ねえねえ、コニーもアンマンもみんなデモに行ったんだって。なんか今日の雰囲気ちょっとこわいよ。」

 

メイさんは落ち着いた口調で言いました。

 

「ほら、わたしの両親って文化大革命で糾弾されたでしょ。人間ってとつぜん集団的に狂気に走ったりできるのよ。

 

まあ、日本はその対象になりやすいわね。

国は国。ChikaはChika。

あなたのことを憎いとは思ってないから安心してね。」

 

メイさんの腹のすわった落ちつきぶりに安心したものでした。

 

その後、民族紛争が起こる地域に赴任しましたが、わたしは一人一人が、民族や国籍を理由に人を責めることのない芯の強さを持つことができることをメイさんに見せてもらいました。

 

それから、わたしにとっての個人的な奇跡は、当時留学生のボーイフレンドがいたので国が近くなるし、当時アジアを希望する人は少なくて奨学金がもらえたのでバックパッカーをするのにいい拠点だから、というちょっと不純な動機?で始めた留学でしたが(笑)、

 

香港留学中にいい先生に巡り合え、その時から勉強が楽しくなったことでした。

(それが、のちのイギリス留学に繋がりました)

 

その後さらに続いた奇跡は、メイさんは私のクラスメートでもあったアメリカ人の友人と結婚してニューヨークに住んでいて、私が国連本部で働くことになった時には、ニューヨークで再び一緒に暮らす(今度は三人で)ことになったことでした。

 

中国出身ということでグリーンカードの申請に時間がかかり、不法移民、再びウェートレスからのスタートでしたが、不法移民でありながら持ち前のがんばりでフルタイムで働きながら大学院に通い、アメリカ国籍もとれる見込みがでてきました。

 

そして、次のさらなる大きな奇跡がやってきました。

 

働きながら通った大学院が3年越しで卒業見込みとアメリカ国籍のタイミング、それからアメリカ連邦政府のキャリア官僚募集が重なったのです。

 

彼女に面接でどんな質問が聞かれると思うか?と聞かれて、私は国連の面接でよく聞かれる質問を伝えて、二人で練習をしました。

 

次の日、聞かれた質問はなんと前日に練習した5つの質問のうち4つが全く同じものだったのです!!!

 

そして、これがアメリカ社会の面白いところなのですが、移民から道を切り開いたことが評価され、中国籍バックグラウンドだったからこそ海外部署のアジア地域の担当者となることが決まりました。

 

今彼女は、ワシントンDC の郊外に家を3件所有し、彼女を愛してくれるだんなさんと2歳の息子さんと幸せに暮らしています。

 

分かり易い「奇跡」とすると、彼女にとってわたしは旦那さんを紹介した人でもあり、面接を助けてくれた人であり、わたしにとって彼女は香港留学生活を充実した楽しいものにしてくれ、かつわたしのニューヨーク生活を助けてくれた人でした。

 

楽しい留学体験も私にとってはとても大事な、留学が楽しかったからこそ、わたしは海外勤務や国連勤務をしようと思えたのかも知れません。

 

最近会ったのは3年前にワシントンDCで再会したとき、彼女が成田にトランジットで一泊したときですが、会えば物理的な距離も会っていなかった時間も忘れてしまいます。

 

人が見返りを求めずお互いを助け合い、二人以上が心を同じ方向に合わせるとき、パワーは倍増し、さらに大きなサポートを招きいれることが可能になるのだと思います。

 

 

「愛によって生ずるあらゆるものが奇跡です。」

 

アコースインミラクルズ(奇跡のコース)より

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投稿者: blossomjp

80カ国以上もの人達が ー文化も言葉も職歴も違う人達が ー アフリカの僻地で出会い、突然「国連軍」として「国連警察」として「国連職員」として仕事を始めることになっった。。。 国連に「出稼ぎ」に来ている人もハーバード卒業の「エリート」もみんな一緒。カオスでにぎやかな現場で80カ国の人たちが一緒に平和を築くためには?!

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