就職・転職活動に落ちても人は「死なない」ー肩書きも所属先もないときにどうするか?

就職活動に落ちても転職が決まらなくても人は「死なない」。

 

私は紛争地にもいたことがあるから分かりますが、人間っていうのは、基本的にはけっこう強い生き物です。

 

それよりも、私たちにとって、おそらく一番怖いことはどこにも属してない、社会から置いていかれるような感覚のことだと思います。

 

先日は、人間の根源的な欲求と不安について書きました。

参考記事➡️ 前に進みたいと思っているのに悩んで決められない時は、 「不安」を一つ一つ分解する

 

私自身、それを痛いほど痛感したのは、センター試験の2週間前に交換留学先のニュージーランドから帰国して、高校に在籍するよりも、卒業して自分で大学受験の勉強をすると決めた時でした。

 

卒業することを選んだのは、留学中に思ったよりも英語が話せなかった悔しさがあって、英語を勉強することなど、その方が自由に勉強ができると思ったからでした。

 

しかし、卒業して学生証もなくなって、高校時代の友人はすでに大学に入学している中で、私をおそってきたのは、先に何の保証もない一人取り残されたような感覚と、「自分はなにものでもない」という感覚でした。

 

「浪人生」という言葉の後ろ向きな響きも嫌だったし、英語や大学受験の勉強をしていたものの、すぐに勉強の成果が結果に表れるわけでもありません。

 

自分のモーチベーションを保つために、「自分はなにをしたいのか?」「自分はなんのためにこの勉強をしているのか」、「大学に入って自分は何をしたいのか?」ということに向き合わざるをえなくなりました。

 

結果を先にいうと、幸い希望の大学に入学することができました。

 

けっして簡単な時期ではなかったのですが、今振りかえってみると、人生の早いうちの段階で「なにものでもない」ことを体験できたのはよかったと思います。

 

日本には、4月一斉入社という世界の中でも稀有な制度があるため、大企業への就職を目指す人はとくに、大學四年生になると何十万人という学生が一斉に動き始めます。

 

そして、日本では、卒業したらすぐに会社に入るという流れになっています。

 

この制度では、「何物でもない自分」として一から自分はほんとうに何をしたいのか?と考える時期も機会もなく会社に入り、人によっては(今は減ってきていますが)そのまま会社を退職します。

 

すると、自分のアイデンティティーや拠り所が会社・所属先だけになってしまいます。

退職するとすぐに老ける人もいます。

 

私は国連という大組織にもいたのでわかりますが、大きな組織に入ると、 自分の価値=「組織の肩書き」のように錯覚してきて、 今度はその傘を出るのがすごく怖くなります。

 

欧米では、4月一斉入社という制度がないので、人それぞれに自分のペースで自分のやりたいことに向き合ったり、働く前に他の国でインターンをするといった体験をするなど、就職する前に自分の視野や体験の幅をひろげる体験を持つことが評価されます。

 

「なにものでもない自分」になれることはとても有り難いことなのかも知れません。

 

自分の「価値」は何かをやってることでも、肩書きとか所属先から来るものでもないとしたら、「自分はこういう人間です」と自分で自分の価値も存在も決めることができるから。

 

広告

投稿者: blossomjp

80カ国以上もの人達が ー文化も言葉も職歴も違う人達が ー アフリカの僻地で出会い、突然「国連軍」として「国連警察」として「国連職員」として仕事を始めることになっった。。。 国連に「出稼ぎ」に来ている人もハーバード卒業の「エリート」もみんな一緒。カオスでにぎやかな現場で80カ国の人たちが一緒に平和を築くためには?!

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中