「自信がつくのを待ってもこない。自信がつくのを待ったらこのまま一生終わってしまう」ニューヨークで発見した自信の「正体」❗️

私たちは、いったい何をして、どこまでやったら「自信」というものがつくのでしょうか?

 

私自身、ニューヨークの国連本部の花形部署で働く機会を得ながら、長い間自信を感じられずにずい分悩んだので、「自信を持つ」ためにいろんなことをしたものでした。

 

いったい何をして、どこまでやったら「自信」というものがつくのだろう?と思っていました。

 

ニューヨークという場所がらスピーチのクラスに参加したこともありました。

 

ただ、いつも自分の能力や努力が「足りない」気がして、この「足りない」という強迫観念のような私のお悩みはかなり長い間続きました。

 

 

一番苦しかったのは、何かをやっても達成した気がする訳でもなくて、いくらやっても自分の中で「これでいい」と思えなかったこと、でした。

 

私にとって精神的なストレスが一番大きかったのはおそらくこの頃で、出張とストレスが重なって、機内で倒れたこともありました。

 

自信について、いろいろな角度からの答え方があるかとは思いますが、もし自信を「外からの評価」に求めるのならば、究極的にはキリがないとも思います。

 

仮に資格を得ても、ハーバート大学やオックスフォード大学を卒業しても、自動的に自信がつく訳でもないことは私自身が知っています。

 

私自身オックスフォード大学の大学院で勉強していた時に驚いたのは、オックスフォード大学の学生さえ、自信がないと感じているという事実でした。

 

すると、ますます分からなくなります。

 

自信とはいったいどうしたらつくのだろうか?と。

 

しかし、ある頃から、チャンスが巡ってきているのに、ノーと言っているような自分に嫌気がさして来たのです。そして、気がつき始めたのです。

 

「自信がつくのを待ってもこない。自信がつくまで待ったらこのまま一生終わってしまう」、と。

 

もちろん場数を踏むというのは真実だと思います。やはり、スピーチにしろプレゼンにしろ、経験を重ねることで確実に自信は上がりました。

 

ただ、ある時に自分で一歩踏み出す勇気が必要になる時というのはあると思うのです。

 

それからのキャリアを振り返ってみても、その時の感覚はあっていたと思います。自信がつくのを一生待っていても何もできないのです。

 

そして、もう一つ自信というものの「正体」に気がつきました。

 

それは「自信をなくさせている原因」に気づいたからでした。

 

それは、自分は「こうあるべきだ」という自分が自分にかけていたプレッシャーでした。

 

自分が自分に対してもっている自分の中の理想像でした。

 

例えば、私の場合、

 

「国連の本部で働く人」はこうあるべき、

なにか「かっこいい事」を言わないといけない、

という自分の中の理想像とのたたかいでした。

 

 

ただ、そもそも完璧というものは存在しないし、自分の中の理想像は絶対に手の届かない目標です。

 

完璧であれば、失敗や批判を避けることができて、傷つく可能性も避けることができると思っています。ただ、これによって、常に私たちは周りの人たちと比較することになり、自分はそうでないと思っている部分が常に不安としてのし掛かります。

 

自分の価値は、どれだけ達成したかで決まる、という思い込みがあるのです。

 

私たちは社会やメディア、学校、親からの「こうであるべき」というプレッシャーやイメージに晒されています。

 

そして、私たちの自信がどれだけこうしたプレッシャーやイメージ、信念にネガティブに影響されているかを知るとびっくりします。

 

例えば、このような「あるべき像」です。

 

いつもよい成績をとらなければいけない。

絶対に失敗をしてはいけない。

周囲の人に賞賛されなければいけない。

やるからには有名にならなければいけない。

誰よりも優れていなければいけない。

優秀でなければいけない。

スマートでなければいけない。

お金は苦労して得るものだ。

 

 

メディアの影響もあります。

 

もっと痩せなければいけない。

人気者にならなければいけない。

優秀でなければいけない。

かっこよくなければいけない。

おしゃれでなければいけない。

女性は若くなければいけない。

 

 

そして、私たちは常に周りの人たちと比較して、自分はそうでないと思っている部分が常に不安としてのし掛かります。

 

失敗したらどうしよう。。。

間違えたらどうしよう。。。

人の期待に応えらえなかったらどうしよう。。。

こんな自分。。。

どうせ無理。。。

 

そんな不安ばかりだと誰だって足がすくんでしまいます。

 

しかも、私たちは多くの場合メディアで取り上げられる人たちの成功や華やかな部分にしか触れていないのです。

 

ベストセラー作家で、この「足りない病」(欠乏意識)についての本を書いたリン・ツイストさんは、消費カルチャーの時代を生きる私たちは常に「足りない」「足りない」「足りない」というメッセージにさらされている、と言います。

 

もっと言うと、日本が世界の中で第3位の経済大国でありながら、不安と閉塞感に覆われているのは、この「足りない病」とも関係があるのではないか?、と個人的には感じます。

 

ただそうした仕組みに気づいた私たちは、こうした自分の中の信念を再整理することができます。

 

それは本当なのでしょうか?

今の自分に役立つ信念でしょうか?

もし、これとは反対のことをしたらどうなるのでしょうか?

 

まずこうした自分の中の信念に気がつくことが改善のための大きな一歩です。大抵、こうした信念は、あまりに自分の中で自動的に発生していて、そうした影響があることすら気が付かないからです。そして、今の自分に役立つ信念に書き直すことができます。

 

 

【ワーク】

自分の中の「こうあるべきだ」を書き出しましょう。

それは本当なのでしょうか?

今の自分に役立つ信念でしょうか?

他人から褒められるよりも自分にとって大切なことは何ですか?

もし、これとは反対のことをしたらどうなるのでしょうか?

 

今の自分に役立つ信念に書き直しましょう。

もし、仮に~だとしても自分は自分を受け入れ自分の味方であることを宣言します。

 

① 自分の中の「こうあるべきだ」を書き出します。

② ハートに手をあてます。

③ 心の中で宣言します。「もし自分の中で自分は優秀じゃないと思ってる部分があったとしても、私は自分を深く受け入れます。」

 

例)

優秀でなければいけない⇨「もし自分の中で自分は優秀じゃないと思ってる部分があったとしても、私は自分を深く受け入れます。」

 

かっこよくなければいけない。⇨「もし自分の中で自分はかっこよくないと思ってる部分があったとしても、私は自分を深く受け入れます。」

 

スマートでなければいけない。⇨「もし自分の中で自分はスマートじゃないと思ってる部分があったとしても、私は自分を深く受け入れます。」

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投稿者: blossomjp

80カ国以上もの人達が ー文化も言葉も職歴も違う人達が ー アフリカの僻地で出会い、突然「国連軍」として「国連警察」として「国連職員」として仕事を始めることになっった。。。 国連に「出稼ぎ」に来ている人もハーバード卒業の「エリート」もみんな一緒。カオスでにぎやかな現場で80カ国の人たちが一緒に平和を築くためには?!

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