「自分の選択が正しかったと判断できるのは自分だけ」国連生活10年で気づいた「好き」を仕事にする秘訣

新しいことに挑戦するとき、人前で意見を言うとき、自分の文章や作品を発表するとき、好きな相手に思いを伝えるとき──。地球上に住む誰もがこんなときに不安を感じ、傷つくのを恐れます。

「ありふれたことかもしれないけれど、不安を乗り越えて前に進む勇気を持ちたい」というテーマを掲げたTEDトークが、世界中で2800万回以上(2017年3月末時点)も視聴され、ベスト5のランキングに留まり続けています。

 

ヒューストン大学の教授ブレネー・ブラウンによる「傷つく心の力」です。

 

https://www.ted.com/talks/brene_brown_on_vulnerability?language=ja

このTEDトークが世界中でこれほどまでに支持されているという事実に、人間が抱く不安の感情は普遍的なものだと気づかされます。
就活シーズン本番を控えたいま、面接や将来の進路に不安を感じる方も多いのではないでしょうか?
国連のニューヨーク本部に勤務し、平和維持活動(PKO)にもかかわり、そのキャリアを生かして米軍の専門家も務めた私は、傍から見ると順調なキャリアを積んでいるように見えるかもしれません。
でも実は、大学生のときには就職試験に落ち続け、内定をもらう友人の姿を尻目に自分だけが取り残されるような言いようのない焦りを感じていました。
オックスフォードの大学院に進学が決まったのも、大学の卒業式の数日前でしたし、卒業後はドイツで働くことになっていましたが、大学の「卒業後の進路」の調査結果では、正式な就職とみなされない「その他」に含まれていました。
誰しも先のことは不安なものです。とくに、人と違った選択をしようとするとき、そしてその先に何の保証があるわけでもないとき、一歩踏み出すのには大きな勇気が必要になります。

 

自分の選択が正しかったどうかわかるのは、自分だけ

私が人生で最初に大きな賭けに出たのは、大学進学のときでした。帰国子女でもない私は、当時、日本で唯一すべての授業を英語でおこなっていた大学のプログラムに入学したいと思っていました。

 

その大学に入るためには、SAT(米国大学進学適正試験)に合格する必要があり、そのため日本の受験勉強をいっさいやめる決断をしました。
そのときはまだ、インターネットでの情報も限られていましたし、周囲に前例があったわけでもなく、親からも「本当に大丈夫なの?」と何度も聞かれました。

 

結果的に合格したからよかったものの、試験勉強をしていた1年間よくその選択を信じ続けられたなと自分でも改めて思います。国連PKOで南スーダンに赴任するときよりも、勇気がいる決断でした。

でも、いま振り返ってみると、この大学進学こそが私が国連というキャリアを選択するうえでの原体験になっているのだと思います。自分が正しいとかやりたいとか思っていることを追求し、その可能性を信じることの大切さを、身をもって実感することができたからです。
大学生活ではさらにその原体験が、確信に変わっていきました。
私が入学した学部は、もともと日本在住の外国人を対象に開設されたものだったので、入学の手順も授業内容も米国の大学をモデルにしていました。日本の大学だというのに、授業も教科書も校内の案内もすべて英語で、教授はほぼ全員外国人。

 

それゆえ、日本の教育で重要視される「偏差値」という概念がまったく登場しません。周囲の人は、社会の評価軸で判断できないこの学部をどう取り扱ったらいいかわからず、戸惑っているようでした。実際、人によってその学部の印象も評価もバラバラでした。

 

それをネガティブに捉える人もいましたが、私はとても「自由」だと感じていました。そして同時にこうも思ったのです。

 

「指標がないと、人の評価はこんなにバラバラ。しかもそれが正しいかどうかも分からない。それなら、自分のした選択が正しかったどうか決められるのは結局、自分しかいないんだ」と。

 

国連は女子が働きやすい職場

「自分の選択は自分で評価するべき」という気づきは、その後、国連という組織でキャリアを積んでいくうえでおおいに役立ちました。

国連は一部の人を除くと、基本的に有限契約で自己志願制の組織です。

 

そのため国連で働き続けたいと思ったら、1つの仕事(契約)が終わる前に、次の仕事を自分で探して志願しなければなりません。そのたびに履歴書と志望動機を作成して送り、面接を受ける必要があります。
紛争が起きている国なども含め、世界中の国々に人を派遣する組織が、自己志願制で運営されているのはある意味当然のことだと言えるかもしれません。加えて、自分でアクション起こさないと、自動更新も自動昇進もない国連は、究極の「自己責任制」の職場であるともいえます。
定期的に職探しに追われるなんて大変だと思うかもしれませんが、本人の行きたくない国に派遣されることはないという利点もあります。また、各ポストには職務内容と求められる資質が明記されているため、望まない仕事に配置されることもありません。
そもそも私が、国際機関で働きたいと思うようになった理由の1つは、日本企業の内部プロセスが非常に曖昧で、新人の女性社員にはとても不利に思えたからです。

 

国連なら自分で希望の仕事を選ぶことができるし、求められている能力や資質が明文化されているから、面接の対策もたてやすい。もちろん国連で働き続けることは簡単なことではありませんが、基準がオープンではっきりしている組織のほうがずっと働きやすいのではいかと感じたのです。

 

ちなみに、国連では、「チームワーク」「コミュニケーション能力」「リーダーシップ」など、仕事で求められる価値や資質がどんなものかもすべて明確に規定され、オープンになっています。

 

詳細は「United Nations competencies for the future」で見ることができますが、たとえばチームワークなら「他のメンバーから学ぶ姿勢を持ち、他の人たちの意見の価値を認めること、組織の目標のためにチームに貢献し、チームの成果にも課題にも両方に責任を持つこと」とされています。「リーダーシップ」の定義の1つは、「幅広い人のニーズを理解し彼らのサポートを得ること」です。
なぜ、このようにすべて明文化されているかといえば、175ヵ国以上もの人たちがともに働く場として共通の指針や評価の基準が必要だからです。そのため応募や面接のプロセスでも評価基準が非常に明快。面接では、「自分がなぜこのポストにふさわしいのか」を面接官に向かって熱弁することになります。

国連流「就活の極意」

大学時代から数えると、これまでに少なくとも100回以上は履歴書を更新し、志望理由を書き、さまざまな職種に応募をしてきました(オンラインでできるので、実際にはコピペしてきた部分もかなりありますが)が、そんななかで1つ気づいたことがあります。

 

それは、人から適切に評価を受けたいと思うならば、まずは自分が自分を評価しないといけない。つまり、自分を認めることができるのは自分しかいないし、それができれば他者からの評価もついてくるということでした。そういう雰囲気は、相手に伝わるからです。
これは後に、私が国連で採用の面接官を務めたときにも感じたことです。面接の際には、応募者を評価する基準も用意されてはいましたが、人の資質やスキルは厳密に数量化できるものではありません。

 

なので、面接官は応募者にさまざまな質問をしながら、それぞれの質問項目の評価と理由を記入していきます。するとなぜか、口だけの人はバレてしまうもの。その一方で自分を評価する視点や習慣を持っている人や自分を信じている人は、やはり面接官にもそれが伝わるものなのです。

 

「内なる声」に従っていればより「大きな力」のサポートもついてきます。

 

国連を退職してから米軍の専門家として、スリランカ軍やフィリピン軍に派遣されて講師を務めたときには、世界を舞台に自分の好きな「教えること」と「平和支援にかかわる」ことが仕事になったと感じました。

 

学生の頃は就職活動中に取り残されたような気分を味わった私が、国連特使の方に仕事のオファーをいただいたこともありました。こんなふうに自分の夢が叶ったのも、たくさんの人たちからのサポートがあったおかげだと感じています。

 

ストレスの多い紛争地でいつも笑わせてくれた同僚、こんな人になりたいと思わせてくれた尊敬できる上司、逆にこんな人にはなりたくないと気づかせてくれた反面教師──こういう出会いは、事前に計画できるものではありません。

 

「天は自ら助くる者を助く」という言葉があります。人が内なる声に従っているとき、まったく予想できないような出会いやサポートがもたらされるのも、多くの賢人たちが教えてくれている人生の真実です。

 

私にとって、人生で最も重大な「試験」は、「他人や社会の評価を信じますか? それとも自分を信じますか?」という問いに答えるものでした。

 

いまでも人生を変えるような決断から、日常の些細なことまで、その問いが課される場面は多々あります。

そんなとき、自分の意志を強く表明し続けていれば、より大きな力があなたの味方になってくれるはずです。

 

クーリエジャポン20174月12日掲載

 

自分の選択が正しかったと判断できるのは自分だけ」国連生活10年で気づいた「好き」を仕事にする秘訣|大仲千華 「答えを求めない勇気」

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投稿者: blossomjp

80カ国以上もの人達が ー文化も言葉も職歴も違う人達が ー アフリカの僻地で出会い、突然「国連軍」として「国連警察」として「国連職員」として仕事を始めることになっった。。。 国連に「出稼ぎ」に来ている人もハーバード卒業の「エリート」もみんな一緒。カオスでにぎやかな現場で80カ国の人たちが一緒に平和を築くためには?!

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