⬆️ 福島県郡山市内の中高生合同オーケストラ・合唱団によるベートーベン第九の演奏。2016年10月16日東京赤坂サントリーホールにて (写真提供: SUNTORY HALL)
ウィーンフィルといえば、元旦に行われるニューイヤーコンサートが世界40カ国に同時中継される言わずも知れた世界最高峰のオーケストラです。
ウィーンフィルは、震災以降、5年間東北を訪れ、これまで計42人の団員が東北で演奏活動を行い、中高生に音楽を教えてきました。
その中でも、フロシャウワーは、過密なスケジュールにもかかわらず、毎年続けて東北を訪れ、津波に襲われた海岸では献奏も行っています。彼を毎年東北に足を運ばせたのは何だったのでしょうか?
⬆️ 東北の学生たちに音楽指導をするウィーン・フィルのバイオリン奏者フロシャウワー(中央)
(写真提供: SUNTORY HALL)
私は、それを彼の口から直接聞きたいと思い、2016年10月16日、東京で開かれた「こどもたちのためのコンサート特別公演」に出かけました。これは被災3県の中高校生が、ウィーン・フィルと共演する夢の舞台です。そして5年間の集大成の日です。
舞台中央にひときわ人目を引く姿があります。演奏者全員をまとめるコンサート・ミストレスの15歳の高校一年生の隣で、彼女が送る合図にぴったりと意識を合わせ、あたかも全身で彼女をサポートするかのようなバイオリニスト。それがフロシャウワーでした。
彼の真剣な様子から、弱冠15歳のコンサート・ミストレスを一人前の奏者として、そして、共にステージを創り出す仲間として尊重しているのが客席にまで伝わってくるのです。小学校5年生のときに震災にあい、それからも音楽を続けてきたという15歳の彼女とステージに立つ中高生全員の勇気をたたえているようでもありました。
私はその四日前にも、ウィーンフィルの演奏を聴いていました。世界的指揮者ズービン・メータを迎えての公演は、それは素晴らしいものでしたが、私の目の前には、その日にも劣らないくらい懸命に、いや、もしかしたらそれ以上の力で演奏するフロシャウワーにどんどん引き込まれていきました。
そして、指揮者として言葉を超えたリーダーシップについて教えたシャルル・ミュンシュの言葉を思い出していました。ミュンシュは、その後世界的指揮者となる小沢征爾に、影響を与えたと言われる指揮者の一人です。ミュンシュは言います。
「壇上に立った瞬間、あなたには無数のまなざしが向けられる。…その瞬間、音楽の知識はほとんど役に立たない。 … 大切なのは、命令をするよりも、自分が伝えたいものを自分自身がそれを身振り、態度、そして抗じ難い放射によって表すことだ。」
演奏後、フロシャウワーにインタビューをする機会を得た私が、「四日前の記念公演とも変わらないくらい、またはそれ以上の渾身の演奏でしたね」と触れると、即答がありました。
「当然です。世界的指揮者とでも中学生とでも、演奏家は常に全力で演奏するものです。
私は町民の半分が津波で流された町で演奏した日のことを、いまでもはっきりと覚えています。
そのとき、自分の音楽が誰かの役に立ったと心から感じることができました。
これは、音楽家にとって何より光栄なことです。」
「それに」といって、彼はニコッと笑いながら最後にこう付け加えました。
「ウィーン・フィルは伝統を重んじるオーケストラですから、たとえばモーツアルトを演奏するとしたら、その伝統的な解釈に準じます。
でも、東北の中高生の奏でるモーツアルトは、『ああ、こんなモーツアルトがあるんだ』と私を新鮮な気持ちにさせてくれました。だからこれはWin-Winの関係なんですよ」
舞台上で見せる「神々しい音楽家」とはちょっと違う、人間としてのフロシャウワーに触れ、私は彼の言葉を理屈を超えて理解できた気がしました。
⬆️ 特別公演でソロ演奏をしたフルート奏者ディータ・フルーリーに質問をする学生。「どうしたらあんなに透き通った音色を出せるんですか?」「自分の出したい音を想像するんだ。そしてそれを技術や呼吸、自分の持っている全部を使って表現する。その音に近づくために一生練習し続けるんだよ」写真: CHIKA ONAKA
アフリカには、「人は人を通じて人となる」という格言があります。
人間は誰もが誰かの役に立ちたいと願う生き物。人は、他者の存在を通じて自分を知ります。
他者の存在を通じて、自分の想いや能力、存在意義を発見していきます。
自分の才能も能力も、それを必要としてくれる人がいて成り立つとも言えます。
私自身、南スーダンなどの紛争地で働いていた時、困難を乗り越えようとする人たちを目の前にしていたからこそ、「私もベストを尽くそう」と、自分の力を「引き出して」もらったと感じたことは何度もありました。
では、最後に、東北の中高生は何を感じ学んだのでしょうか?
ベートーベンの第九の合唱を一生懸命に練習してきたという福島の女子中学生に、今回の体験を通じて学んだことについて聞くと、こんなことを言ってもいいのかなと、一瞬周りの顔を探るように見渡した後で、こう伝えてくれました。
「合わせるのは大切だけど『自分』を出すことです」と。
「世界」との交わりは、世界という「鏡」を通じて「自分」をより浮き彫りにするのかも知れません。
「世界」が東北を知り、東北も「世界」を知る。
そして「世界」を通じて自分を知る。
東北と世界との間で生まれ始めた化学反応。
震災による被害や、高齢化や過疎化、人口減少などといった「課題先進国」と呼ばれる東北の問題を決して軽く捉えているわけではありません。でも、震災があったからこそ生まれることがあるのも事実のようです。
世界とのつながりの最先端でもある東北に注目し続けていきたい、と思います。
⬆️ 特別公演後、ウィーンフィルメンバーと中高生との記念撮影。インタビューをした団員全員が「満たされる体験だった」と語ってくれた。(写真提供: SUNTORY HALL)