2015年度で国連で働いている職員の出身国は、合計で175カ国だそうです。
加盟国数は全部で193カ国ですが、UAE、カタール、アンゴラ、ツバル、ナウル、バヌアツなど、一人も職員がいない国が若干数あって175という数字になっています。
国連は、いわば、世界の中で最も「多様性」の実践に対して、お金も時間も労力もかけることがゆるされ、正当化されている組織と言ってもいいと思います。
では、これだけたくさんの国の人達と一緒に働くことは大変なことなのでしょうか?
私の体験としては、単純に簡単だとは決して言えるわけではないという意味では「イエス」であり、「人間二人以上が集まれば、意見の不一致や相違はありえるもの」という前提で考えると同時に「ノー」です。
私自身、一番初めの国連の赴任地の東ティモールで、
「女が仕事をするのは無理だ」と全員の前で言い放ち、お手伝いさんに命令をするかのような口調で女性に命令をする、一周り以上年上のパキスタン人の男性のグループリーダーと一緒に働くことになった事がありました。
女性は医師や教師以外は補助的な業務にしかつかず、一般的に男性が先に食事をし、女性は台所で食事をするというパキスタンでは、その人は今までの人生の中で女性とはほとんど働いたことがなかったのかも知れません。
頭ではそう分かるものの、人間は感情の生き物。
「国連って人種とか女性の平等をうたってる機関じゃないわけ?!」と最初は大いに憤り、
同時に、「こういう場合はいったい相手に何と言って、どうやって対処して、どうやってこの問題を正式に提示したらいいんだろう」と、大いに悩み、だからと言って口を聞かないわけにもいかず、たくさんの失敗を重ねたものでした。
今思えば、175カ国もの人たちが一緒に集まって働くことを成り立たせるにはどうしたらいいのか、というリアルな現場への「イニシエーション」であり、
◎ 相手の考え方や文化背景を知ること、
◎ 自己主張をしないといけない時を知ること、
◎「アサーティブ」であること (必要であれば「ノー」と言うことを含め、自分の意見をはっきり持ちつつも、一方的に主張するだけではなく、相手に伝わるように話すこと)、
◎ 事実(facts)と人(person)を分けること、
◎ ハラスメントなどがある時は事実関係を記録することなども含め周りの人に協力してもらうこと
など、いろいろな国籍もの人たち、バックグラウンドも文化背景も違う人達が一緒に集まって働くことを成り立たせるにはどうしたらいいのか、という点で大事なことを本格的に意識し、学び始めることになったのはこの「事件」がきっかけでした。
⬆️ 国連スタッフデー。自分の国のドレスや民族衣装を着て来る人もいる。スコットランド人の軍人の同僚が着ているのは「キルト」と呼ばれるスコットランドの民族衣装。@ニューヨーク本部にて
私のケースは少し極端な例ですが、国連のワークカルチャーは基本的には「アングロサクソン文化」寄りでありながら、同時に、例えば、自分の上司や同僚がアフリカや太平洋の島の出身の人であることなどもあり得ることを考えると、相手の考え方や文化背景を知るなどの努力が数倍以上に求められるという面は確かにあります。
そうした環境も関係してか、
国連では職場での人間関係、上司と部下の関係、自分の仕事に対する評価などについての意見の相違、または、ハラスメントに対する異議申し立てがそれなりの数であること、
それが時には、国籍や人種にからめられて捉えられることが多い事、
そうした背景から、国連の人事部が年間を通じて「効果的なフィードバックの仕方」や「仲裁」に関する研修を実施している事を知ったのでした。
「フィードバックの仕方を学ぶのに丸二日も研修に費やすものなんだ」(!)と少しびっくりすると同時に、
私自身もそうした研修に参加する機会を得て、部屋の中に、ありとあらゆる肌の色の人達がいるのを見た時に、
「ああ、悩んでいるのは私だけじゃないんだ」
そして、
「意見の違いや対立に対処する方法を最初から分かっている人はいなくて、誰もが学んでいくものなんだ」、とある意味「ホッ」としたのを覚えています。
実際、そうした研修は、「急がば回れ」じゃないけれども、長期的な視点で言うと、時間も労力もかける価値が十分あったと思いますし、組織としても投資し続ける価値があるものだと思います。
「職場における意見の相違や対立は自体は、人間の自然の営みの一部であって、組織が学び、進化をする呼びかけである」としつつ、「私たちは職場での対立に建設的に対処する能力を身につけなければならない」と、国連には2002年にオンブズマンオフィスというものが設けられました。
国連のオンブズマンオフィスは、非公式に職員間の仲裁(mediation)を行うことも含め、職員が職場での対立に対処する能力をあげることを目的にしています。
最近ではさらに進んで、「職場での懸念や対立を効果的に提示する方法についてのガイダンスやコーチングを秘密厳守で提供します」、とまで、書かれているのを見ると、こうしたサービスがより身近に気軽に申し込めるようになったという印象があります。
アメリカ政府で働く友人に、「連邦政府マネージャーハンドブック」という物を見せてもらったことがありますが、こちらにも、何十ページにも渡ってオフィスでの意見の相違や対立の扱い方に関するコーチングのコツが書かれていたのが印象的でした。(アメリカ政府の職員もいろいろな国の出身の移民の集まりです。)
職場での意見の相違や対立は出来れば避けたいのが本音だけれども、意見の相違や不一致自体は人間の営みの自然な一部なのだとしたら、
個人的な体験としては、
まったくそうした会話が持てないような雰囲気の環境よりは、
意見の相違や対立はありえるものとする雰囲気は、
ある意味大きな安心感をくれたように思います。
ハーバード・ビジネススクールのデイビッド・ガービン教授は、
組織が創造的に機能するためには、
「コミュニケーションの回数が多いことよりもむしろ批判的なコミュニケーションをオープンに行えるかどうかが重要である」と指摘し、以下の3点を創造的な職場環境を支える要因として挙げています。
1. 精神的な安全 (思ったことを自由に発言できる、自分の意見に対して批判されたり、報復されない等)
2. 違いの尊重 (意見や考えの食い違いが起きても建設的な対話ができる等)
3. アイディアの許容度 (新しいアイディアや変わった?発想も尊重される)
異なる意見や対立を扱う能力と創造性には相関関係があるという訳です。
意見の不一致や相違が、調整や新しい選択やアイデアのための機会でもあるとしたら、
これからますます不確実性の高まる解のない時代、
意見の不一致や対立を避けるのでもなく、
単に「解消する」ものでもなく、
新しい発想を生み出す機会として活かすことのできる知恵を身につけたいものです。