教育/NGO関係者がマーケティングを学ぶ時代

教育/NGO関係者がマーケティングを学ぶ時代。

この流れは更に進んでいました。

 

日比谷公会堂を満席にし、TSUTAYAビジネスカレッジでも近日公開される、

教育をエンターテイメントにする伝説のチーム。

 

そのメンバー達が今進めているものの一つ

 

それは、シンガー大嶋潤子さんのドキュメンタリーステージという新しいエンターテイメント。

 

32歳で全盲になった大嶋さんは、全盲という「マイナス」を彼女は自分の最高の「武器」にして、

歌もストーリーも涙も笑も魂も全部組み合わせて、最高のエンターテイメントを提供しよう!というこの試み。

 

ソーシャル✖️ビジネス

教育✖️ビジネス

ビジネス✖️エンターテイメント

という流れがあって、

 

ついに

全盲✖️歌✖️エンターテイメント

という今回の組み合わせが創造されつつあります。

 

 

 

表面的なものはすぐに飽きられてしまう時代。

いったい何が人の心を揺さぶるのか?

 

ーどんなマイナスもプラスにできる

ー既存の枠を超えた組み合わせ

ー今まで分けられていたものの融合

 

私は大嶋さんのステージを、このようなムーブメントの一つとしても捉えています。

 

 

彼女からも、こんな風に全体像を捕まえてくれて表現してくださり本当にありがとう!

とのお言葉をいただきました。

 

イベントを企画される方、

人前に立つお仕事の方、

人を感動させたい方

新しいコンテンツを考え中の方

 

ぜひノートをお持ちになって下さい。

頭のいい方、センスのいい方は、ノートがメモでいっぱいになることでしょう。インスピレーションを沢山受け取られることでしょう。

 

 

大嶋潤子さんプロフィール

太陽カンツォーネコンコルソ・クラッシック部門2年連続トロフィー受賞
「審査員が立ちあがって拍手をおくった」と異例の評価をもらう。

http://ashaoshima.web.fc2.com

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日時:9月11日(金) ドキュメンタリーコンサート

開場18:00 開演18:30

会場:ムジカーザ(代々木上原)

料金: 前売り4,000円、当日4,500円

お申し込み:asha.oshima@mx6.ttcn.ne.jp (大嶋メールアドレス)

090-2678-5268(大嶋携帯)まで

FBメッセンジャー、またはこのスレッドにコメントをお願いいたします。

http://ashaoshima.web.fc2.com/concert/20150911.html

 

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ネガティブな感情は才能を教えてくれるサイン?!

ネガティブな感情はあなたの才能を教えてくれるサインの一つですと聞くと少しびっくりしますか?

才能をみつけると言うと、ワクワクするものや好きなものを探そうというアプローチがほとんどですよね。

まったく逆に、ネガティブな感情を通じて才能を発見するアプローチもあります。

例えば「イライラ」する時です。

誰かの文章を読んでる時、レストランに行った時、ホテルの接客を見て、何かのイベントに参加してこんな風に思うことはありませんか?

ー自分だったらもっとこうするのに。。。

ーもっとこうだったらいいのに。

ーオーマイガッド!ああ、もったいない!

などです(笑)。

私の妹は、ある5つ星ホテルのウェディングプランナーなのですが、彼女と一緒にお茶をすると、彼女の目が自動的にホテルウーマンの目になり、接客を研究し始めることに気づきます。

または逆に落ち込んだり、嫉妬を感じる時もあなたの才能のサインです。

例えば、

誰かの素晴らしい演奏を聞いた時

誰かが笑いをとってるのを見る時

すごく美しいデザインをみた時

誰かが感動的なスピーチをしているのに触れる時、

誰かの圧倒的な着想力に落ち込む時などです。

特に、密かに自分がやりたい、またはもっと結果を出したいと思っている分野で、誰かがそれを軽々成し遂げているのを見る(見える)と私たちは嫉妬を感じたりします。自分と同じ分野の人だとその特にその反応が大きくでるものです。

私の友人の話しですが、10歳の時オーケストラの演奏を始めて聴いた時、すごく感動もしたけれどそれ以上に「悔しくて」涙が出て、家に戻って一心不乱にピアノの練習をはじめた、という人がいます。

彼女はその数年後に、人前でピアノを弾いてお金をもらい始めているので、音楽という演奏でお金を得ることが難しい分野で、人から頼まれて弾くようになったのですから、やっぱりそこに大きな才能があったのでしょう。

ネガティブな感情ー特に「嫉妬」を感じる自分自体が嫌だって思いがちですが、ポジティブな感情もネガティブな感情も両方持ち合わせているのが人間です。

グッドニュースは、自分の才能と関係ない分野だとイライラも感じなければ、落ち込むこともないということです。

これからイライラやフラストレーションを感じたら、自分の才能はなんだ?とあなたの才能アンテナを高くはってくださいね。

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参考文献:「自分の才能の見つけ方」本田健

得意・不得意・凹凸がある子たちは創造性が高い?

 

勉強に得意・不得意、認知や才能に凹凸がある子たちがいます。

ある分野での能力は高いのだけど必ずしも全体的に成績がいいわけでもなく、IQが高いと判定されるわけでもないというケースです*。

なので、英才児とも分けられ、天才児という訳もしっくりこないし、逆に学習障害を指摘される場合もあるそうです。

 

だとすると、認知や才能に凹凸がある子たちの強みってなあに?

認知の凹凸ってどういうこと?

という疑問がわきます。

 

同時に言われているのは、得意・不得意の差が大きい、認知の凸凹がある、才能の峰と谷がある子たちこそ、創造性が高いのではないか?という指摘です。

 

では創造性っていったい何でしょう?

 

創造的な人たちは日常生活の中でさまざまな発想やアイデアを思い浮かぶ傾向があるそうです。

 

例えば、

ー多くのアイデアを短時間に思いつく力

ー新しいことばや概念を生み出す能力

ー今まで無関係だと考えられていたものを結びつける能力

といった特徴です。

 

新しい発想やアイデアを得ている状態は、外から見ればもの思いにふけっているような感じですが、当の本人は、さまざまな着想が浮かんでは消え、ぼんやりとしたものが形を持ちはじめ、徐々に全体像を見渡せるようになるような体験をしている可能性もあります。

一旦全体像をつかんだら、

それを表現する作業に入り、

ある場合には文学や芸術作品として、

音楽として、

ダンスとして、

論文や科学的な理論として、

建築物として、

プロジェクトとして表現されます。

 

その形になったものが私たちの目や耳に触れることになります。

 

学校の作文かもしれないし、ブログの記事かもしれないし、大きな舞台での発表かも知れないけれども、

創造性はそれに触れる人の共感や感動を生み、私たちにひらめきや直観を与えてくれるようなものです。

 

知能検査(IQ)をデザインしたアメリカの心理学者ターマンによる創造性に関する研究というのがあります。

知性(IQ)が非常に高い子ども達を抽出し、その757名を成人後までフォローアップするという研究でした。

この研究の一つのポイントは、IQが高いことと創造性は関係あるか?という点だったのですが、結論から言うと、知性と創造性は別物で、知能が高いことと創造性は直結しないという結論になりました。

創造性に関しては、知的能力(IQ)は必ずしも高くないけれども、ギフテッドを含め、どちらかというと認知に凹凸がある子たちの中が高い傾向があると指摘されています*。

 

なぜそうなのかについてはあまり説明がないのですが、

その人がどのように世界(目の前の事象)を見たりどのように認識・理解するか(認知)ー聴覚、視覚、空間認知などーその人の特性を活かせれば、認知の差や違いこそが、新しい見方=創造性として活かされやすいからでは?と推測します。

人が創造性を働かせている時の状態を脳科学的に見ると、皮質下の連合野という部位が活発に活動している状態で、連合野とは、脳の各部位や情報をつなぐ領域で、まさに無関係だと思われたものをつなぎ合わせる働きを担う所だそうです。

面白いのは、この連合野という部分は、20代になっても成長を続け、最後に完成する脳の領域だそうです。

ピカソなど晩年まで多くの作品を残した人が多いように、私たちには生涯にわたって (こそ?) 創造性を発揮できる能力が備わっているそうです。

ギフテッドや才能やの認知の凸凹のある子たち・人たちの存在ーある意味凹凸があるからこそ、差があるからこそ、それをどう活かすかを考えることになるーそんな視点を教えてくれているように感じました。

 

*IQは、5つの下位検査の評価点を足したスコアから割り出されているので、飛び抜けた一つの才能があったとしても評価されない場合が多い、と指摘されています。

参考文献:杉山登志郎・岡南・小倉正義「『「ギフテッド』天才の育て方」学研

 

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

ギフテッドの子ども、若者・大人の可能性を引き出すために、自身もギフテッドである大仲千華が自分の体験を基に丁寧に向き合います。

ギフテッドによるギフテッドのためのギフテッドコーチングについてはこちら

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

ガウディー

写真 ガウディー建築

強みを伸ばすor 弱みを克服するーどちらが才能を開く?

強みを伸ばすor 弱みを克服するーどちらが才能を開く?

ギフテッドの子たち自身、または親ごさんに勉強は得意ですか?という質問をしたとすると「いいえ」と答えるケースが多いのではないかなと想像します。

なぜなら、ギフテッドの子たちは好き・嫌いがはっきりしている傾向があるために、全部の教科で器用に成績がいいというよりも、得意・不得意の差が大きいことも多いからです。なので、本人も親もどちらかというと、勉強は得意じゃないと思っている場合が多いのではないかなと思います。

 

私の場合は、数学と古典がどうしても苦手で、この科目が出来ないことにコンプレックスを持っていました。

自分が勉強が得意だとも思っていませんでした。

 

その理由の一つとして、教育システムをはじめ、私たちは強みよりも弱みを克服しようとする傾向の方が強い、という事も関係しているかも知れません。

 

ギャラップ社の調査によると、

子供を持つ親を対象に行われた調査で、

「国語A、社会A、理科C、算数Fという成績を子供が持って帰ってきたとしたら、子供と成績を話し合う時にどの教科に最も時間を割きますか?」という質問に対して(Aが成績が高くてFが成績が低い)、

 

世界平均で77%の親が算数と答え、国語のAが6%、社会のAは1%だったそうです。

 

そして、日本人は世界の中でも弱みを克服しようとする傾向が強いらしいのです。

 

強みを知ることと弱みを知ることどちらがあなたを成長させると思いますか?という質問に対しては、

アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、中国、日本などの回答の中で、

アメリカでは41%が「成功への鍵は強みにある」と答えているのに対し、

同じように答えたのは日本と中国でわずか24%だったそうです。

 

ただ、55歳以上になると、世界共通で強みを伸ばす方がいいとの回答が挙がるそうで、直らない自分の弱みを隠そうとするよりは受け入れる方がいいと思うようになるからではないか、と指摘されています。

 

似たような例で、

うつ病に関する研究は4万件以上あるけれども、幸せや達成感に関する研究はわずか40件だという数字もあります*。

 

上手くいってないことにはすぐに目がいくけれども、上手くいっているところは「当たり前」だと思っていてなかなか気づかないー

そんなことは沢山ありそうだと自分自身のことを思っても思わず頷いてしまいます。

 

弱みを補う努力も必要だけれども、強みの部分、秀でているところ、上手くいっている部分に対してもっと目を向けてもいいなあと思いました。

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*「さあ、自分の才能に目覚めよう」マーカスバッキンガム、 日本経済新聞出版社参照。

ロスジェネ世代がゆとり世代に伝える「戦争と平和」③

紛争中でも女性はおしゃれを諦めない。

紛争中でも南スーダンの女性が買い求めたものはカラフルなドレスだった。

紛争が終わって真っ先にオープンしたお店はネイルサロンだった。

 

南スーダン時代の同僚ジョイス。

毎日違うウィッグをつけて、その日の服とネイルを見事にマッチさせるおしゃれぶり。

彼女のファッションに私は毎日興味しんしんだった。

 

女性は日常の生活に潤いをもたらしてくれるものにより敏感。

単純に戦争よりもおしゃれの方が断然に楽しいと思う。

 

じゃあ、なんでまだ、例えば、南スーダンでは紛争が終わってないの?という疑問。

 

それは、ある人たちにとってなんらかの形で平和よりも紛争を続けることに得があるから。

争いを終えて直面するものが怖いから。

 

私が南スーダンで元兵士の社会復帰の支援をしていた時に気づいたのは、

元兵士の人たちが「兵士」をやめる事の怖れー

 

「パワー」も「給料」もなくなったとしても自分は家族・故郷に受け入れられてもらえるんだろうか?という怖れだった。

 

南スーダンの場合、独立闘争だったから、

兵士であることは、生存や安全を意味したし、

 

さらには、

認められること、教育の機会、参加、アイデンティティー、尊敬、帰属意識、誇り、人生の意味。。。

なども意味した。

だから、その人たちが次に何を選ぶにしろ、こうしたニーズがあると周りに理解されていると新しい生活への移行がスムーズにいきやすい。

 

今世界で求められている人とは、

今その社会の中でどんなことが起きているかを観察できて、

人が言葉にしない部分で求めていることが理解できる人。

争いがあるところでは、さらに暴力よりも平和の方が得だよと伝えられる人。

 

これって、必ずしも国連とか政府とか大きな組織が得意な分野でもない。

だからこそ、一人一人の影響力がとても大切になる。

 

影響力といっても、特別なことや大きなことをやるという意味ではなく、

一人の人間として相手と信頼関係を築こうとする姿勢があること。

 

私たちは直接戦争を体験した世代じゃないけど、

 

相手のことを理解しようと思える価値。

相手に耳を傾けられることの価値。

あなたがその人と一緒にいることの価値。

 

何かを言うかもしれないし、別に何も言う必要はないのかもしれない。

相手のことを聴いていたと思ったら、自分のこと、自分の国のことについて知ることになるのかも知れない。

 

ただ一人の人間として、そんな瞬間を共有できること。

 

日本人は本来こういう役割が世界の中でもとても得意な人たちだと思う。

 

私たちに出来ることは思っている以上にたくさんある。

そしてその価値は私たちが思っている以上にとてもとても大きい。

 

日本だからこそ世界に伝えられることがたくさんある。

 

「ゆとり世代に伝える戦争と平和」3回シリーズ(了)

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(写真)2012年ミス南スーダンAtong Demachさん

ロスジェネ世代がゆとり世代に伝える「戦争と平和」②

 

「アメリカではこんなこと言う人少ないけど。。。」

世界中の同僚とのおしゃべりの中で今でも覚えている瞬間ー分かり合えないだろうと思っていた事で一瞬でも分かり合えた時、戦争をも超えられる時。人間って捨てたもんじゃないな。

 

ある時、チームメンバーのアメリカ人が言いました。

「アメリカではこんなこと言う人少ないけど、原爆ってアメリカにとって『勝利』とは思えないんだ。。。」

 

それは、スリランカでスリランカ軍対象の国連PKOに関する研修を行っていた時の出来事でした。

スリランカは、ちょうど2年半前にシンハラ人とタミル人の間の内戦が終結していた時で、

「もう戦争はたくさん」「この内戦にはどんな意味が?」「なんでこんな戦争を許してしまったの?」

「『制圧』は正しかったのか?」-関係者それぞれの苦しみと、もう二度と内戦には戻りたくないという共通の思いが強く感じられた時でした。

 

研修では、国連やアフリカなどの事例を通じて、

「被害者」も「加害者」も、「勝者」も「敗者」も両方が傷を負うという意味では、どっちも被害者なのです、そんな話しになりました。

 

 

自然と彼らは自分の国の体験に向き合うことになったのでしょう。

研修に参加していたセンター長の大佐が私のところにやってきて言いました。

「私は目の前で仲間と部下を何人も殺されたのだけど、相手を赦したいと思っている。自分が楽になるために。」

彼らは制圧した(勝った)側としてさんざん批判されている最中でしたが、彼らの中にさえ(だからこそ)「相手を赦したい」「和解を選びたい」という思いをはっきり感じました。

 

同時に、スリランカの経験について学んでいたと思っていたのに、日本について学んでいたことに気づきました。

「スリランカの人たちが体験していることは、そのままアメリカと日本に当てはまるよね。だって、原爆の投下ってアメリカにとって『勝利』とは思えないんだ。戦争って『勝つ』方も全く勝利じゃないよ」ーアメリカ人の同僚とそんな会話になりました。

そして、スリランカの人に言いました。

「人類は進歩しているのでスリランカの人たちはもっと早く立ち直れると思いますよ。」

「そうですね、日本のように戦後の絶望から見事に復興した国があると希望が持てます。津波の時もそれを見せてくれましたよね。」と返してくれました。

 

研修は、「内戦が終わった今軍隊の目的はなんですか?例えば、インドとパキスタンの仲裁など地域の平和に役に立つこともできます。

戦争をした国だからこそ平和に貢献するという道もありますよ。」と終わりました。

 

戦争を体験した国だからこそ世界に伝えられる価値があると思いました。

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(写真)スリランカコロンボ

ロスジェネ世代がゆとり世代に伝える「戦争と平和」①

留学先でいろいろな国の学生と一緒に机を並べる時、

職場で世界中の同僚達とおしゃべりをしている時、

ガツン!って衝撃を受けることがある。。。

ーそれは戦争について。

 

安保法案に戦後70年談話。戦争反対だけど当時の話しを聞いても正直ピンと来ない。

今の時代を生きる私たちって何を知ればいいの?

「ロスジェネ世代がゆとり世代に伝える『戦争と平和』」3回シリーズ1回目。

 

私がフィリピン軍の研修の仕事でフィリピンにいた時のこと。

その時のチームは、アメリカ人2人、カナダ人、インド人と日本人の私という5人構成。

週末に少し観光しようということになって、近くにあったバターンの戦争慰霊公園を訪れようということになりました。その慰霊公園とは、第二次世界大戦中に何百人~1万人(日本側は何百人と出張、米側は一万人以上と主張)のフィリピン人とアメリカ人捕虜が亡くなったとされる方々の慰霊碑があるところです。

 

ハワイ在住のアメリカ人

グアム系先住民アメリカ人

元軍人のカナダ人

元軍人で祖父がインパール作戦に従軍したインド人

すでに戦後3代目にあたる日本人である私

の5人はそれぞれ公園を歩き始めた。。。

 

アメリカ人とカナダ人の同僚が特に何かを言った訳じゃないけど、彼らの反応を見ているだけで、その慰霊公園が彼らにとって、とても大きな意味を持つ場所であることがすぐに分かりました。

そのバターンという土地は、アメリカ人にとっては、パールハーバーと並ぶ、日本人にとっての広島と長崎、沖縄のような場所であることを知りました。

私にとってショックだったのは、仕事で元兵士の社会復帰に関わり、戦後の和解に関心のある私でさえ、アメリカ人にとってとても重要であるそのバターンという土地について、その時フィリピンに行くまで全く知らなかった事でした。

「同じ戦争」について見ている所が全く違ったのです。

 

私たちの中に継がれてきた戦争に関する捉え方や記憶、体験があくまでの「こちら側」のものであること、

同様に相手側には「あちら側」の捉え方と記憶、体験があることを思い知らされた体験でした。

今年4月に安倍首相がアメリカ議会でスピーチをした時、日本の首相として初めて「バターン」について言及したと知った時、「ああ、やっぱり」と思いました。

70年もかかったの?とも思うけど、議会でその一言が言及された事は私が単純に想像する以上に大きなことなんだろうと思います。

 

戦争に対するアメリカ人の視点を知れるものに、フィリピン戦線を指揮していた時代のマッカーサーを描いた映画「マッカーサー」があります。

フィリピンで部下たちが日本軍に降伏、バターンで捕虜になることを知って悔しがるマッカーサーはすっごく「人間的」です。日本で知られるマッカーサー像とは全く違うからこれまたびっくりします。

 

まず、こんなにも違うものなのだと認識できると、そんな人に会った時、そんな会話になった時に「心の余裕」ができるよね。

その上で一歩一歩お互いの認識に触れていくことができるか?

個人レベルではこの人はどう思っているんだろう?

 

世界100カ国の人たちの体験と考えを聞くことはその辺のドラマよりもよっぽど面白しろかった。

私が世界中の同僚と一緒に働いている時の楽しみは実はそんなことだったかも知れません。

 

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(写真) 4月の春の訪れを感じるワシントンDC

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